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フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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画家スタンネル殺人事件

1908年5月30日(土)

世にも恐ろしい殺人事件が土曜日の夜に起きた。凶悪な事件は連日起きているが、二人が殺害される事件は特筆されるべきものである。この惨劇は芸術的かつ上品な環境で起きたゆえに恐ろしさが強められ、被害者スタンネル氏の知名度ゆえに人々の興味が高まっている。彼は展覧会で何度か賞を取り、叙勲も受けた高名な画家であるが、パリ15区ヴォージラール地区のロンサン小路の自邸で、夜間何者かによって絞殺されたのである。義母にあたる未亡人のジャピィ夫人も彼と同じように絞殺体で発見された。一方、画家の妻、若く魅力的なスタンネル夫人は猿轡でベッドに縛り付けられたものの生き延びたのは幸運としか言いようがなかった。
この恐ろしい犯罪は謎に満ちており、小説のような殺人事件の詳細や状況(一戸建ての屋敷、猿轡、紐、嵐の荒れ狂う夜、遠ざけられた番犬など)は人々の興味をさらにかきたてることとなった。いずれにしても、殺人犯たちはあたかも今はやりの推理小説から出てきたような犯行の手際のよさがうかがえた。

事件の最初の発見者は、23歳の家令レミ・クイヤール、金髪の気が弱そうな青二才の男である。彼の話は次のようであった:
ここ数日はご主人が留守だったので1階で寝起きしていました。土曜の夜はお戻りになったので私は4階の自室で休みました。日曜の朝5時半に目覚め、身支度をして、朝食の準備のため下に降りました。お嬢様の部屋のそばを通ると、うめき声が聞こえました。「どうしたんだろう?」と思って見に行きました。
扉は開いていました。泣き声が続いているように聞こえたので中に入りました。マルト様*の小さな鉄製のベッドに奥様が下着姿で縛りつけられていたのです。細く頑丈な紐で足と手をベッドの枠に括りつけ、身体の周りを何回かぐるぐる巻きになって身動きも出来ない状態でした。口の中には大きな綿球が詰め込まれ、声も出せません。脇机には燃え尽きた蝋燭がありました。(*娘のマルトは田舎の別荘にいてこの時は不在)
私は急いで猿轡をほどきました。奥様は奴らがご主人様と大奥様を殺したのだと言いました。寝室と化粧室の間の廊下にご主人様は首を絞められて倒れていました。その口の中にも綿球が詰め込まれていました。
それから大奥様がベッドの上で同じように猿轡をされて首を絞められて死んでいました。
奥様がまだやつらが階下にいるだろうからとおっしゃるので、私は下に降りずに、窓を開けて縁によじ登り、力の限り助けてくれ!と叫んだのです。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.42; Juillet, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288108 « Le Figaro » le 1er Juin, 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN : Cote cliché : 00-030101- © RMN / René-Gabriel Ojéda
Titre : Portrait de madame Steinheil / Auteur : Léon Bonnat (1834-1922) / Localisation : Bayonne, Musée Bonnat

画家スタンネル殺人事件_f0028703_21325361.jpg[ Ψ 蛇足 ]
有名な「スタンネル事件」(L’Affaire Steinheil)の発端である。新聞ではこの後毎日のように警察の捜査の状況を報じることになる。「ロンサン小路の二重殺人事件」(Le Double assassinat de l’impasse Ronsin)などの見出しも使われた。この事件に関しては下記(↓)の畏友松本さんのサイトでかなり前に紹介されており、詳細はこれをご覧いただければ、社交界での背景も含め、謎がますます深まっていく様子がわかるだろう。
当時の新聞記事を丁寧に追っていくだけで小説1冊分の分量になるだろうと思う。

上掲(↑)は肖像画家として有名なレオン・ボナ(Léon Bonnat, 1834-1922)の描いた『スタンネル夫人の肖像』(Portrait de madame Steinheil)である。なぜ夫人だけが殺されずに生き残ったか?がずっと後年まで疑惑の中心に留まることになる。活発な性格で社交界に艶名をはせたというが、それほどの美人ではなさそうだ。(バイヨンヌのレオン・ボナ美術館蔵)
被害者の画家アドルフ=シャルル=エドゥアール・スタンネル(Adolphe Charles Edouard Steinheil, 1850-1908)の作品はRMNの検索でも凡庸な作品しか見当たらない。

*参考サイト: Le Parti pris des lettres 文字の味方 文学の味方:ピエール・ダルモン『スタンネル事件』ベル・エポックの犯罪(2004.05.22)
by utsushihara | 2008-05-30 18:35 | ★ベルエポック事件簿1908