フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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真夏のパリの酷暑(1909)

1909年8月
f0028703_22287.jpg

(8月15日付「フィガロ」紙のお天気欄《Echos》から)
昨日14日のパリの天気は快晴でとても暑かった。午前7時頃の気温は20℃もあり、午後には30℃を突破した。夜中の午前2時でも23℃の高さであった。平年よりも3℃ほど上回っている。(La température moyenne a été supérieure de plus de 3゜à la normale.)
高気圧が欧州の西側を覆っており、2日前に現われた低気圧は北西方向に動いている。バルト海方面は荒れた天候が続いている。今日のフランスの天気は晴れ、特に中南部で気温がさらに上昇すると見込まれる。
(1年前1908年8月14日のパリの天気は曇り、気温は朝13℃、午後21℃)
 各地の昨日の天気は:
 ロンドン:快晴、最高気温26℃、最低気温15℃、西からの微風
 ニューヨーク:曇り、最高気温24℃、最低気温18℃、風弱し

(8月16日付「フィガロ」紙のお天気欄《Echos》から)
 昨日15日のパリの天気は快晴でかなり暑い一日だった。温度計は前日よりもさらに上昇した。午前7時頃は23℃、正午には27℃、そして午後の間じゅう30℃以上から下がらなかった。しかし昨夜から気圧の谷が通過し始めており、欧州東部から中部にかけて雨が降った。フランスは晴れて暑かった。
(1年前1908年8月15日のパリの天気は本曇り、気温は朝15℃、午後21℃)

(8月17日付「プチ・ジュルナル」紙の記事から)f0028703_2223064.jpg
《暑さは収まるのだろうか?-パリでは昨日やっと雨降り》(←見出し原文)
 熱帯のセネガルのような暑さ(la chaleur sénégalienne)がパリをはじめとするフランス各地に一週間以上にわたって居座り続けている。平年並みの気温にいつ戻るのだろうか?ようやくその期待が叶いそうな変化が見え始めた。昨日の午後になって空が曇ってきて小雨がぱらついたが、見込んでいた荒天にはならなかった。わずかに夜の8時頃になって本格的な雨に恵まれた。しかしながらそれは異常な熱暑期の終わりを告げる、気持のいい、生き返るような雨ではなかった。午後の時間の大半でも温度計は29℃を保ち続け、恐ろしいほどつらい状況である。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288551-2 « Le Figaro » No.227-228; le 15-16 Août, 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #618718 « Le Petit journal » No.17035, le 17 Août, 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #5738615 « La Revue hebdomadaire et son supplément illustré » No.35; 28 Août, 1909

[ Ψ 蛇足 ]
パリの地理的な位置は北緯48度50分であり、日露戦争後の樺太領有の日露境界線が北緯50度だったことと比べて見れば、真夏に30℃を超える日が何日も続くことはほとんど考えられなかったはずである。
『週刊雑誌』(ルヴュ・エプドマデール)掲載の写真(↑)に、8月15日の暑熱の波をブローニュの森でやり過ごすパリ市民の姿があり、興味深い。(寝転がるしか方法はなかったようだ。)
Paris l’été – au bois de Boulogne, le 15 Août : « La Vague de chaleur »

f0028703_220691.jpg熱帯のセネガルのような暑さ(la chaleur sénégalienne)という用語は現代の仏語辞書では見当たらない。暑いところはセネガルだけではないことがわかったからだろうか?(「セネガルの」という単語は "sénégalais(e)")


(8月14日付「プチ・ジュルナル」紙の記事から)
《酷暑の被害者たち》(Victimes de la chaleur)
昨日(13日)またパリでは酷暑による多数の被害者が出ている。
①午前10時頃、ダンケルク街で店員のアルフレッド・ダヴー氏が卒倒し、その1時間後にフォーブール・サン=マルタン街でパン配達のルイーズ・イサルディ夫人が倒れた。2人ともラリボワジエール病院に運ばれた。
②午前、サン=マンデ港の近くで洗濯作業をしていたルイーズ・カルデ夫人(42歳)は日射病が原因で卒倒した。彼女はヴァンセンヌ市内の自宅で看病されている。
③午後、オートゥイユ河岸で水上バス(バトー・パリジァン)の車掌の仕事をしていたレオン・ブッシー氏は日射病で倒れ、ブーシコー病院に運ばれた。
④午後、サントンジュ街で35歳くらいの男が突然へなへなと道路の真ん中に倒れた。すぐにホテル=デュー病院に搬送された。
⑤午後2時頃、ラペー河岸で近くのゴドフロワ=カヴェニャク街に住むジョアシム・ヴノ氏(55歳)は暑さで気を失い、セーヌ川に転落した。彼は1時間後水死体で発見された。
⑥午後3時頃、シャラントン街で荷揚げ作業中のルイ・ラケ氏(45歳)は脳卒中で倒れ、聖アントワーヌ病院で死亡が確認された。
⑦午後、北駅前の広場をベッドのシーツをすっぽり被ってうろうろしていたイポリット・プチトー氏を警官が呼びとめ、事情を聞くと、「この暑さだからこうしているんだ」と答えた。そこで警官がそのシーツを剥いでみると男は完全な裸だった。この気が変な男は拘置所附属病院に送られた。

出典Crédit:©BNF-Gallica #618715 « Le Petit journal » No.17032, le 14 Août, 1909
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by utsushihara | 2009-08-18 21:58 | フランス社会政経1909-10