フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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パリ市内で昼火事連続2件

1909年8月12日(木)

12日昼前のほぼ同時刻にパリ市内2箇所で火災が起きた。消防の懸命の消火作業にもかかわらず火の勢いがかなり強く、延焼を食い止めるのが精一杯だった。

最初の火事は、3区のフロワサール街5番地Bにあるガラス製品の倉庫から発生した。レーマン氏の店舗を含む5階建ての建物で、ガラス食器、クリスタル、電球類などあらゆるガラス製品を保管する倉庫だった。そこには3~4人の社員が梱包作業をしていたが、午前11時頃突然藁束が燃え出したのである。タバコの火の不始末だろうか?この場所では禁煙だったが、可能性がある。(→)f0028703_21403084.jpg
現在ではガラス製品倉庫では梱包作業に藁束が使われるのが普通であり、このような場所は馬糧倉庫の様相を呈していた。火の手が一旦上がればたちまち建物全体に広がるのは十分考えられた。火の回りが速かったため、3階で働いていた男が1階から女たちが火事だと叫ぶのを聞いて、階段を下りる際にカーテンに火が燃え移っているそばを通り、髪の毛と口髭を焦がしたという。
パルマンティエ署とセヴィニェ署の消防隊が数分後に駆けつけた。彼らの作業は隣接する建物への延焼を食い止めることであった。そこには商店と80世帯の住居があった。
火元の建物の背後にあたるポントー・シュー街の建物もまた消防隊の活躍により被害を免れた。建物の境界に家主のレーマン氏は亜鉛版を貼りつけており、それがなければ延焼となったかもしれない。
消防隊の到着後15分で建物の屋根と各階床が焼け落ちた。45分後には鎮火することができた。あとは外壁だけが焼け残って立っていた。
幸いにも人的な被害はほとんどなかった。消防士の1人セヴィニェ署のファレズが落ちてきた梁で左足に軽傷を負った。被害総額は現在算定中である。家主のレーマン氏は休暇中で不在だった。
ちょうど昼食時の火事であったため、かなりの数の野次馬が押しかけた。警察がフィユ・デュ・カルヴェール大通りを通行止めにして消火活動の秩序を保った。

f0028703_21404876.jpg(←)最初の火事の場所からそれほど遠くない10区のビシャ街52番地にある高級装飾品の工場で火災が起きた。ここは250人の工員が働くルールフ社で、11時半から13時までは昼食のため全員出払っていた。11時55分頃、社主のルールフ氏が5階にある木工作業所の窓から炎が出ているのを発見し、消防に通報した。消防隊が到着したときには火はすでに6階と4階に燃え広がっていた。ここは6階建ての広大な建物だったが、またたくまに炎が全体に広がり、消防隊は隣接する建物への延焼を食い止めるしか方法はなかった。
建物はまもなく四方の外壁しか残らなくなった。屋根と各階床は次々と崩れ落ちた。幸運にも人的な被害は皆無だった。この地区の警察署長ヴェシエール氏と憲兵隊のファラリク氏が共同で近隣の住民や工場に急報し、避難と誘導を適切に行なったためである。

出典Crédit:©BNF-Gallica #618714 « Le Petit journal » No.17031, le 13 Août, 1909

[ Ψ 蛇足 ]
パリの建物は概して石造りだと言われてきたので、火事もその部屋の中だけが燃えるのかと思っていたら違った。やはり高熱で屋根と階床が崩落することがわかった。
2番目のビシャ街52番地(52, rue Bichat)はサン=ルイ病院とサン=マルタン運河の近くにある地域で、高級装飾品(Articles de Paris=パリの品物、という表現を使う)やお土産品などの工場が多く並んでいた。
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by utsushihara | 2009-08-14 21:39 | フランス社会政経1909-10