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フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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ウィルバー・ライトの新たな高度飛行の勝利

ウィルバー・ライトの新たな高度飛行の勝利_f0028703_10575721.jpg1908年11月13日(金)

ウィルバー・ライト氏は今日(13日)ル・マンにて新たな驚異的な勝利となる飛行を達成した。これは彼独自の方式であるプロペラの力だけによる離陸であり、支柱(パイロン)や重石を使わない方法である。ただ一つの条件として離陸に役立つ風が充分に吹いていることが必要だが、人々がこれまで疑っていた飛行機の機体だけで上昇すること、しかも他の飛行機よりも速く確実に、が実証されたのである。かくしてアメリカ製の飛行機に対して最後まで批判的な態度を保ち続けてきた批評家たちも降参した。
そのことは、つまりこれまでの離陸の手段として使われてきたレールの上を走る台車に乗せて、支柱と重石の手助けを受けての出発(le départ sur chariot courant sur un rail avec l’aide du pylône et de ses poids)が決定的で理想的な手段ではなかったことを示すものであり、ライト氏の直接離陸の方式こそ最も実効的な手段であり、最も速い、最も確実な結果を生み出すことが明らかとなった。
ライト氏はさらにサルトの飛行クラブによって設けられた上空30mの「高度大賞」(Grand prix de la hauteur)を獲得する快挙を成し遂げた。これは水素をつめた6個の風船を30mの長さの紐で繋いで浮かばせた場所を超える飛行を実現することが要求されていた。
飛行機は4時3分前に飛び立ち、すぐに高度30mまで上昇し、午後4時にはその風船の並びのさらに45m上空、つまり地上から75mに達した。
彼はそのあと地上すれすれまで降下し、支柱の目印にまっすぐ突き進み、4時14分に観衆の歓呼の中、その2m離れたところに着陸した。レオン・ボレ氏の代表するサルト飛行クラブの委員たちは彼に1000フランの高度大賞と祝福を贈った。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288274 « Le Figaro » le 14 Nov. 1908

[ Ψ 蛇足 ]
これまで原初期の飛行機の離陸の方法について詳しく書かれていなかったが、どうやら助走のために線路に乗せた台車が使われていたのが大半だったことが上記の記事で判明した。この記事の訳し方にも大いに苦労させられた。ふと「カタパルト」による飛行機の発進が第2次大戦の艦船で行われていたことを思い出し、それに類似した方式だったのだろうと想像してみてやっと理解できたような気がした。

*参考サイト:MORI LOG ACADEMY :【理科】カタパルト発進
**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)ライト兄弟の新たな飛行記録 (1908.09.21)
(2)飛行家ウィルバー・ライトのフランスでの挑戦(1908.08)
by utsushihara | 2008-11-13 10:54 | スポーツ、乗物、探検1907-08