フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

検索

カテゴリ

フランス社会政経1909-10
フランス政治社会1907-08
オペラ、音楽、演劇1909-10
オペラ、音楽、演劇1907-08
美術、彫刻1909-10
美術、彫刻1907-08
文芸、評論1909-10
文芸、評論1907-08
科学、軍事、海事1909-10
科学、軍事、海事1907-08
★ベルエポック事件簿1909
★ベルエポック事件簿1908
スポーツ、乗物、探検1909-10
スポーツ、乗物、探検1907-08
※百年前の広告
独墺バルカン情勢1909-10
独墺バルカン情勢1907-08
モロッコ問題、アフリカ1909-10
モロッコ問題、アフリカ1907-08
日本・東洋事情1909-10
日本・東洋事情1907-08
ロシア帝政末期1907-10
各国事情1909-10
各国事情1907-08
フランス政治社会1905-06
オペラ、音楽、演劇1905-06
★ベルエポック事件簿1910
美術、彫刻1905-06
文芸、評論1905-06
科学、軍事、海事1905-06
スポーツ、乗物、探検1905-06
モロッコ問題、アフリカ1905-06
ドイツ情勢1905-06
ロシア帝政末期1905-06
日露戦争、東洋事情1905-06
各国事情1905-06

タグ

(24)
(24)
(22)
(19)
(14)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)

最新のトラックバック

一枚の絵 シャバ「九月の朝」
from 壺中山紫庵
オペラ「フォルテュニオ」
from のんのつれづれなるままに
四月の魚
from ブラッケン・ダーキンの肖像
大統領の恥ずかしいような..
from パリノルール blog
ルルー『黄色い部屋の謎』
from Proust+ プルースト・..
11. 異邦人"シャルル..
from サン=サーンスの墓
フロラン・シュミット
from サン=サーンスの墓
ポール・デュカス
from サン=サーンスの墓
鼻の整形術 美しいスマー..
from 鼻の整形術 美しいスマートな華に
タロー兄弟と、コクトーの..
from 発見記録

以前の記事

2011年 03月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
語学

画像一覧

タグ:ルブラン ( 11 ) タグの人気記事

サン=ワンドリルの修道院で一度だけの「マクベス」公演

1909年8月28日(土)f0028703_239298.jpg

(8月15日付の「フィガロ」紙の記事より)
セーヌ=マリティム県のサン=ワンドリル(Saint-Wandrille)にある古い修道院で、8月28日特別の許可のもとに芸術的公演がおこなわれる。演目はシェークスピア原作の『マクベス』をベルギーの大作家モーリス・メーテルランク氏が新たに自分の言葉で書き直したものであり、修道院の建物を舞台にたった一度だけの公演という前例のないものとなっている。
観客たちは劇の進行に伴い、広間から広間へ、中庭から前庭へと移動して歩き、それぞれの場面を目の当たりにする。ジョルジェット・ルブラン女史は威厳をもって主役をつとめる。彼女は即席の縫製室でかなり奇妙な衣裳を作らせているが、それは彼女がバイユーにあるマチルド王妃の刺繍をもとに考えたものだという。
人々は情熱をもって準備を進めている。「マクベス」に登場する主要人物たちはすでに現地に到着しており、毎日の稽古では場面を移動しながらシェークスピアの英雄たちの古い魂を追いかけている。その他の人物たちとしては地元の人々が非常に知的好奇心をあらわに協力している。
f0028703_2395169.jpg
出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288551 « Le Figaro » No.227; le 15 Août, 1909
画像 Crédit photographique : © Ministère de la Culture - Médiathèque du Patrimoine, Dist. RMN / Médéric Mieusement / Cote cliché : 09-508911 / Fonds : Photographies / Titre : Cloître de l'abbaye Saint-Wandrille (Seine-Maritime), vers 1880 / Auteur : Mieusement Médéric (1840-1905)
画像 Crédit photographique : © RMN (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / Cote cliché : 00-021521 / Fonds : Photographies / Titre : Georgette Leblanc-Maeterlinck, artiste / Description : Album de 500 célébrités contemporaines - collection Félix Potin / Auteur : Manuel Henri (1874-1947) / Localisation : Paris, Musée d'Orsay

[ Ψ 蛇足 ]f0028703_23101793.jpg
モーリス・メーテルランク(Maurice Maeterlinck, 1862-1949)はこの年の1月にもオペラ座で『モンナ・ヴァンナ』初演し、成功している。ジョルジェット・ルブラン=メーテルランク(Georgette Leblanc-Maeterlinck, 1875-1941)はルパン作家モーリス・ルブランの実妹で、メーテルランクの実質的な配偶者であった。人を驚かせる奇抜な言動で知られた。

*参考サイト:St-Wandrille.com(仏語)Vie monastique
**これまでの関連記事france100.exblog:オペラ座で『モンナ・ヴァンナ』初演(1909.01.13)
[PR]
by utsushihara | 2009-08-28 23:08 | オペラ、音楽、演劇1909-10

『アルセーヌ・ルパン』全国巡演に出発

1909年7月

f0028703_1714158.jpgアテネ座における200回以上の『アルセーヌ・ルパン』公演を終えて、我らが同胞モーリス・ルブランとフランシス・ド・クロワッセ両氏は一座とともにフランス各地での公演に出発した。(←)左掲は本拠地アテネ座前からの出発風景である。血気盛んなルパン役ブリュレ氏は先頭車のハンドルを握り、そのボンネットのそばに支配人のアベル・ドゥヴァル氏とフランシス・ド・クロワッセ氏が見える。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.55; Août, 1909

[ Ψ 蛇足 ]
現代のミュージシャンであれば《全国ツアー》と言うべきものだろう。ちょうど恒例の自転車レース「ツール・ド・フランス」出発に掛けて、「自らのフランス・ツアー」(partir pour son tour de France)に出かけるとして派手な出発式をしたのだろう。
下記の記事で初演が8ヶ月前の前年10月だったことを思い出す。すごい人気である。

**これまでの関連記事france100.exblog:アテネ座で3幕劇『アルセーヌ・ルパン』初演(1908.10.28)
[PR]
by utsushihara | 2009-07-22 17:12 | オペラ、音楽、演劇1909-10

フランス文芸家協会の役員改選(1909)

f0028703_1861362.jpg1909年3月25日(木)

3月25日に行なわれたフランス文芸家協会の役員改選において、会長のジョルジュ・ルコント氏と副会長のダニエル・ルシュール女史(←)が再選された。わが「ジュセトゥ」誌で人気の高いモーリス・ルブラン氏も副会長に選出された。また監事長にはジャン・ジュリアン氏、新たな委員会のメンバーにはルネ・バザン氏、カンタン=ボシャール氏などが加わった。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102984 « Je sais tout » No.52; Mai, 1909

[ Ψ 蛇足 ]
以前掲載したのは(↓)2年前(1907)のフランス文芸家協会(Société des Gens de lettres)役員改選記事である。昨年(1908)からのジョルジュ・ルコント(Georges Lecomte,1867-1958)、ダニエル・ルシュール(Daniel Lesueur, 1860-1920)体制が再任され、さらに「怪盗ルパン」で不動の人気を誇るモーリス・ルブラン(Maurice Leblanc, 1864-1941)も副会長となった。
f0028703_1863525.jpgジョルジュ・ルコントは、作家としてはほとんど忘れ去られたが、当時は歴史や文芸評論でも幅の広い活動をしており、後年アカデミー会員に選出される。(画像→)

*参考サイト:Wikipedia(仏語)Georges Lecomte
**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)フランス文芸家協会の役員改選(1907.03.25)
(2)「愛の仮面」の上演(1905.10.10) ダニエル・ルシュールの原作
[PR]
by utsushihara | 2009-03-25 18:04 | 文芸、評論1909-10

『奇巌城』の連載開始

1908年11月

当『ジュセトゥ』誌では、今や全世界で最も有名となった強盗紳士アルセーヌ・ルパンの一連の活躍を再開させる、というよりも引き続き掲載することとなった。
クリスマス特別号となるこの11月号について明言できるのは、当誌が愛読者の皆様のために特典と特集をたくさん盛り込んでいるが、とりわけモーリス・ルブラン氏のペンから生み出されるアルセーヌ・ルパンの新しい冒険『奇巌城』« L’Aiguille Creuse »(直訳では「空洞の尖塔」)においては、これまで見せたことのないルパンの論理の推考と至高の力の象徴となる尖塔をめぐる、夢見るような物語に読者を導くことだろう。
f0028703_17205695.jpg

出典Crédit:©BNF-Gallica #102983 « Je sais tout » No.45-46; Oct-Nov. 1908
出典Crédit:©BNF-Gallica #102984 « Je sais tout » No.49; Fév. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
ルブランの傑作長篇の一つ『奇巌城』は初出誌「ジュセトゥ」に連載が開始されたのは1908年11月号であった。ちょうど百年になる。
(↑)上掲は1909年2月号に連載された『奇巌城』(第4回)の表題である。ご存知のようにこの物語のもう一つの魅力は、ルパンとの知恵比べの相手役としてパリ16区の名門リセ・ジャンソン・ド・サィイの高校生イジドール・ボートルレ(Isidore Beautrelet)の活躍である。

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)アテネ座で3幕劇『アルセーヌ・ルパン』初演(1908.10.28)
(2)ルパン2冊目の単行本「アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス」発売(1908.01)
[PR]
by utsushihara | 2008-11-09 17:17 | 文芸、評論1907-08

アテネ座で3幕劇『アルセーヌ・ルパン』初演

f0028703_2338182.jpg1908年10月28日(水)

10月28日午後8時45分からアテネ座において新作3幕劇『アルセーヌ・ルパン』の初演がおこなわれた。「ジュセトゥ」誌に初めて掲載されて以来、度重なる好評を経て、アルセーヌ・ルパンはついに舞台に登場した。原作者モーリス・ルブラン氏と協力者フランシス・ド・クロワッセ氏による素晴しい脚本と優れた出演者たちの演技によって、アテネ座の劇場に毎晩つめかける人々は魅了されている。
f0028703_23384153.jpg
出典Crédit:©BNF-Gallica #102983 « Je sais tout » No.47; Déc. 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288257 « Le Figaro » le 28 Oct. 1908
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN : Mme Duluc, dans "Le coeur et le reste"

f0028703_233997.jpg[ Ψ 蛇足 ]
(↑)上掲は中央にルパン(シャルムラス公爵)役のアンドレ・ブリュレ(André Brulé)を挟んで、向かって左側にモーリス・ルブラン(Maurice Leblanc)、右側にフランシス・ド・クロワッセ(Francis de Croisset)が並ぶ。(→)右はゲルシャール警部に扮するエスコフィエ(Escoffier)、(←)左はヒロインのソニア・クリチノフ役を演じるデュリュク夫人(Mme Duluc)である。
劇の題名は単純明快に『アルセーヌ・ルパン』(Arsène Lupin)である。ただし既発表の特定の作品の劇化ではなく、それらを参考にしながら芝居用に別途書下ろしたものである。(その後小説化したかも?)
この戯曲作品に言及しているルパン研究サイトを下記に紹介する。

*参考サイト:
(1)スリムじゃない生活 :モーリス・ルブラン「戯曲アルセーヌ・ルパン」入手のこと
(2)怪盗紳士アルセーヌ・ルパン―あらすじⅠ―:ルパンの冒険―戯曲アルセーヌ・ルパン―
[PR]
by utsushihara | 2008-10-29 23:37 | オペラ、音楽、演劇1907-08

歌曲集「白鳥の首のエディス」

1908年5月8日(金)

8日午後3時半、グラン・パレのサロン会場において国立芸術協会(音楽部会)の主催による第7回演奏会が開かれた。特にジョルジュ・ユー氏の作曲による歌曲集「白鳥の首のエディス」から幸いにも抜粋された何曲かをシャルロット・ボワシャン嬢が作曲者自身のピアノ伴奏で歌った。彼女の美しい声と巧みな技量は、作品の旋律的かつ劇的な資質を完璧なまでに高め、最も鮮烈で賞賛に値する成功をかち得た。ピアノはプレイエル社製を使用。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288083 « Le Figaro » le 8 Mai, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288084 « Le Figaro » le 9 Mai, 1908

f0028703_16535568.jpg[ Ψ 蛇足 ]
(←画像)ジョルジュ・ユー(Georges Hüe, 1858-1948)の作曲による歌曲集「白鳥の首のエディス」(Edith au col de Cygne)についてはこの記事以外に詳しい情報は得られなかった。作詞者はモーリス・シャッサン(Maurice Chassang)という人で、「夢と希望の音楽」(Les Musiques du rêve et de l’espoir, 1900)も出しているが、この歌曲集のもとになった詩集についても不明である。歌われたのは下記の3~4曲である。
(a) 時の流れに(Au fil des heures), (b) ある日曜日(Un dimanche), (c) 棄てられた女-戦場(L’Abandonnée – Le champs de bataille)
残念ながらシャルロット・ボワシャン(Charlotte Boichin)についても詳細は不明。

ここで「白鳥の首のエディス」について語らなければならない。ルパン物ファンなら黙っていないからである。あるファンはモーリス・ルブランの短編「白鳥の首のエディス」(Edith au cou de Cygne)が屈指の名作であると公言してはばからない。これは「ジュセトゥ」に1913年に掲載されたもので、必ずしも上記の歌曲集か詩集が影響したものではないと思う。ルブランの美術鑑賞眼の高さはルパンに匹敵するほど、とも言われている。バイユーにある実在する名品「マチルド公妃のタピスリー」につながる英仏間の「ヘイスティングスの戦い」を描いた12枚のタピスリーのうち1枚がこの「白鳥の首のエディス」のタピスリーだという設定である。

エディス(Edith Swan-Neck)とは英国王ハロルド2世の寵姫の名前で、「ヘイスティングスの戦い」で戦死した夫君の遺骸を探し回り、愛する者のみが知るその身体の特徴をもとに見つけ出して持ち帰ったという伝説がある。これをドイツの大詩人ハインリッヒ・ハイネが「ヘイスティングスの戦場」という詩にまとめ、英訳(仏訳も?)されて広まったのが最初と思われる。エディスの表記が古代英語だと(Ealdgyth)になっており、仏語の(Edith)は普通なら「エディト」になるのをあえて英文名の「エディス」にしたのも先人翻訳家の先生方の賢明な判断だっただろう。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(英文)Ealdgyth Swan-neck(Edith Swan-Neck)ハイネの詩の英訳付き«The Battlefield of Hastings » (1855)
(2)怪盗ルパンの館:白鳥の首のエディス: エディス伝説の解説と含蓄深いルパン作品分析が読める
(3)アルセーヌ・ルパン ~白き狼~「アルセーヌ・ルパン」作品リスト
(4)春陽堂くれよん文庫:怪盗ルパン「白鳥の首のエディス」
[PR]
by utsushihara | 2008-05-08 16:45 | オペラ、音楽、演劇1907-08

ルパン2冊目の単行本「アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス」発売

f0028703_23331676.jpg1908年1月

ご存知のように当社出版部が昨夏刊行して大評判だった「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」を読んだ大勢の人々は皆、モーリス・ルブラン氏がその人物像を決定づけたこの大胆不敵な怪盗の活躍の数々を描いた2巻目を読まずには済まされないだろう。
この本のタイトルは意味深く「アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス」となっており、作者は新たな一連の快挙を語ることでこの策謀家への好感度をますます高めている。ルブランは互いに好敵手として認めるフランスの怪盗紳士と英国の名探偵とを面と向かって対峙させる。彼らの間の厳しく容赦のない抗争、つまり驚異的な策略と驚嘆すべき果敢な判断との対決の物語をぜひ読まねばならない。ルパンのひらめきに魅せられ引き込まれた読者は、その冷徹な好敵手に打ち勝つようにと願わずにはいられない。最初の一行から最後の一行まで、誰もが読むことのできるこの本は興味を募らせ、夢中にさせ、楽しませてくれる。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.37; Fév. 1908, Notes des éditeurs(編集後記から)

[ Ψ 蛇足 ]
「アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス」(Arsène Lupin contre Herlock Sholmès)の単行本の広告は「ジュセトゥ」の1908年2月号(実際は1月下旬に発売)に掲載された。中身は2つの中篇小説から成り、「金髪婦人」(La Dame Blonde)と「ユダヤのランプ」(La Lampe Juive)で前者のほうが1906年11月から6ヶ月間、後者が1907年9月から2ヶ月間、雑誌「ジュセトゥ」(Je sais tout)に連載された。ここで注目されるのは、第1巻の「強盗紳士」ではシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)だったのが、この初出誌からエルロック・ショルメス(Herlock Sholmès)に変わっていることである。他の作者が創り出した人物を自分の作品に登場させるのはよく考えてみれば確かに道義上よろしくないのは明らかである。f0028703_23334792.jpgこの当時、まだコナン・ドイルも第一線で創作活動をしており、1907年1月号の「ジュセトゥ」には、ドイルの別の短篇「三人の特派員」(Les Trois Correspondants)とルブランの「金髪婦人」3回目の連載がそろって掲載されていたことも興味深い。
ただし名前をもじったからといって、個性を確立した人物を自分の創造した人物と対決させるという「きわどい」援用は人気をますます高めて行ったことは事実となった。(→)右画像は初出誌で「ショルメスが宣戦布告」で乗り出してきたときの場面である。

*参考サイト:「スリムじゃない生活」~作品リストの作品名をショルメスに改めること:K.-A.さんの丁寧な考証に感心させられます。

**これまでの関連記事france100.exblog:「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」単行本ついに発売!(1907.06.10)

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
[PR]
by utsushihara | 2008-01-18 23:30 | 文芸、評論1907-08

「義賊ラッフルズ」の上演

f0028703_1334263.jpg1907年6月

E. W. ホーナング氏とプレスベイ氏の共作になる戯曲「ラッフルズ」(Raffles)は、英国の推理小説の分野にあたり、波乱万丈に筋が展開する作品であり、レジャーヌ劇場で上演されている。画像(→)はその一場面で、シュザンヌ・アヴリル嬢とアンドレ・ブリュレ氏が主演し、各紙の批評は好意的で、公演は大成功となっている。出演はほかにシニョレ氏、ノワズー氏、ミレー嬢、デルモズ嬢などである。

出典:BNF-Gallica #102981 « Je sais tout » No.31; AOÛT 1907
画像 Crédit d’image : ©CMN: Archives photographiques (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture)

[ Ψ 蛇足 ]
E. W. ホーナング(Ernest William Hornung, 1866-1921)は英国の作家であり、コナン・ドイルの妹と結婚していたのでドイルの義弟にあたる。(先般紹介の著書で、松村喜雄氏が「甥」と書いていたのは思い違いらしい。)

ルブランはアルセーヌ・ルパンを生み出す前に「ラッフルズ」のような義賊をモデルにしたらと言われた、とも松村氏は書いているが、ルブラン自身の書いた「アルセーヌ・ルパンは何者か?」の一文にはラッフルズに関する言及はまったくない。しかし主人公が泥棒でなく、なぜ義賊でなければいけなかったか、についてはこう書いている:
「一方で、私はアルセーヌ・ルパンを二面性のある主人公にしなければならなかった。盗賊であると同時に好感の持てる青年という人物である。(なぜなら小説の主人公は好感が持てなければ成り立たないからだ。)だから私の物語の中にごく自然でごく許せることとしての盗み(ses cambriolages comme des choses très pardonnables)を受け入れてもらえるような人間的な要素を付け加える必要があったのだ。」
©モーリス・ルブラン「アルセーヌ・ルパンは何者か?」ル・プティ・ヴァール紙:1933年11月11日掲載より
©Maurice Leblanc : Qui est Arsène Lupin? ; Le Petit Var, Samedi 11 novembre, 1933
Ebooks Libres & Gratuits
http://www.ebooksgratuits.org/

日本の義賊《鼠小僧次郎吉》の場合は、富裕層に対する貧困層の恨み・ねたみを晴らしてくれる代行者としての犯罪者の存在価値も考えられる。

f0028703_1255641.jpgホーナングも「義賊ラッフルズ」(The Amateur Cracksman, 1899)で一躍人気を獲得するまでは、通俗小説を書いていたようだ。1898年から雑誌「カッセルズ・マガジン」に第1作「怪盗紳士」(Gentleman thief)以降を連載し、この主人公で短篇集3冊、長篇1冊を残している。邦訳は論創社から出ている。今は時間的な余裕がないので、ルパンとの作品比較(腕比べ?)は皆さんにお任せしたい。

上記の記事の劇作は、この短篇集から翻案されたものと思うが、最初に英語版、そして仏語版での上演となったと思われる。共作者のプレスベイ(Presbey)については情報が皆無。
主演男優のアンドレ・ブリュレ(André Brulé, 1879-1953) (←写真)はこの芝居で大当たりを取って以来、《 怪盗俳優 》として名声を成し、ルパンの劇化にあたってもその主役の座を不動のものにしたという。
*参考サイト:
(1)Wikipedia(英文)Ernest William Hornung
(2)Yahoo! ブックス、海外ミステリー、「二人で泥棒を」E.W.ホーナング/著 藤松忠夫/訳、論創社、2004.11刊
(3)「怪盗ルパンの館」というサイトの戯曲『アルセーヌ・ルパン』<ネタばれ雑談>の項目にブリュレの当たり役の記述がある。

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ
[PR]
by utsushihara | 2007-06-16 12:02 | オペラ、音楽、演劇1907-08

「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」単行本ついに発売!

1907年6月10日(月)
f0028703_177290.jpg
「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」:誰でも読める、あるいは誰もが読むべき本。これは我が読者のすべてにとって大いなる喜びとなるニュースである。見事な変装の名人であるアルセーヌ・ルパンが新しく姿を変えて登場する。つまり一冊の本となってあらゆる書店で発売されるのである。

「ジュセトゥ」の読者にとって馴染み深いアルセーヌ・ルパン、モーリス・ルブランという2つの名前は「大評判」を意味している。謎の人物の熱狂的な冒険の数々は、本誌のみならず、人々に広く賞賛をもって受け入れられている。したがって当ピエール・ラフィット社にとって「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」をアンリ・グセによる芸術的なカラー表紙とともに3フラン50の新シリーズとして出版することは幸運なスタートであろう。単行本としての均質な形のもとで、気品ある怪盗の手に汗にぎる快挙の物語はモーリス・ルブランの生き生きとした描写力によって好奇心をそそり、独創性を勝ち得ている。劇的であると同時に苦悩に満ち、またしばしば知的なイロニーが加わって、それらの重ね合わされた筋の展開は読者をすばやい魅惑的なアクションへの中へ引きずりこんでしまう。
f0028703_17175633.jpg我々はモーリス・ルブランをまさに《フランスのコナン・ドイル》(le Conan Doyle français )と呼んでもいいと強く実感するものだが、彼はアルセーヌ・ルパンに英国のシャーロック・ホームズと比べることができるような上品で興味深い人物像を創り出したのである。
この本は、われらが時代においては極めてまれなことながら、誰でも読める、あるいは誰もが読むべき本であり、アカデミー会員のジュール・クラルティ氏が味のある序文を寄せている。作者ルブランの力強い集中力のみならず、そこには申し分のない文学的品位が感じられる。出版界の幸運な改革によってこの本「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」の購入者はとっておきの懸賞に参加することができる。以下がその内容と応募条件である。

①この本の主人公アルセーヌ・ルパンが活躍する話の中で最も常軌を逸して素晴らしく思える冒険を3つあげること。
②その3つに好みの順序をつけ、それぞれの記載されたページ番号を記すこと。
③同一回答を判別するため、大多数によって選ばれる事件を予想してそのページ番号を記すこと。
この懸賞の締切日は改めて当誌でお知らせする。

賞品のリスト
1等賞:18金の(懐中時計用)紳士用金鎖、または婦人用首飾りのいずれか1名様。
2等賞:18金のネクタイピンを10名様、または帽子飾りピン2名様。
残念賞:ピエール・ラフィット社出版の本1冊を10名様。

この懸賞に応募を希望する方は、「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」の本の中に綴じ込まれた応募券を切り離して回答書に同封のうえ当社宛送られたし。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.6; Juillet, 1905
出典:BNF-Gallica #102980 « Je sais tout » No.29; Juin, 1907

[ Ψ 蛇足 ]
上記は、「ジュセトゥ」の1907年6月号(5/15発売)に丸々1ページ使って掲載された記事広告である。ピエール・ラフィット社としても宣伝に力が入っていたことが伺える。
当初は単発の短篇作品として1905年7月号に第1作「逮捕」が出されたあと、第2作「獄中の」が掲載されるまでは5ヶ月のブランクがある。急な人気に対して《追加注文》が出てもすぐには対応ができなかったのだろう。下記はこの単行本「強盗紳士アルセーヌ・ルパン」(Arsène Lupin, Gentleman-Cambrioleur)が刊行されるまでのちょうど2年間「ジュセトゥ」に掲載された9作品の一覧である。表紙デザイン画家のアンリ・グセ(Henri Goussé)については詳細が不明。

アルセーヌ・ルパンの逮捕    L'Arrestation d'Arsène Lupin   1905.07 Je sais tout No.6
ルパン獄中の余技         Arsène Lupin en prison      1905.12 Je sais tout No.11
アルセーヌ・ルパンの脱獄     L'Évasion d'Arsène Lupin     1906.01 Je sais tout No.12
不思議な旅行者           Le Mystérieux voyageur       1906.02 Je sais tout No.13
女王の首飾り             Le Collier de la Reine        1906.04 Je sais tout No.15
アンベール夫人の金庫      Le Coffre-fort de Madame Imbert 1906.05 Je sais tout No.16
遅かりしシャーロック・ホームズ Sherlock Holmes arrive trop tard 1906.06 Je sais tout No.17
黒真珠                La Perle noire               1906.07 Je sais tout No.18
ハートの7              Le Sept de Coeur            1907.05 Je sais tout No.28

f0028703_1744593.jpgその第1作の画像(→)をBNFから引用したが、注目すべき点は、初出誌の状態からすでに「アルセーヌ・ルパン」は「アルセーヌ・ルパン」であることである。以前、文庫版の解説で目にしたような《類似名クレーム説》、つまりこの主人公の最初に付いていた名前がある政治家に酷似していたために問題となり、変更して「アルセーヌ・ルパン」になったという事件は、原稿の段階で発生したのだろうと推測できる。(その後この《類似名クレーム説》はまったくのガセネタ=デタラメであることが判明した。詳しくは、論創社/アマゾンストアの「戯曲アルセーヌ・ルパン」の解説を参照されたい。まじめなルパン愛好家/研究者にとってみれば許し難い詐欺事件である。
*参考サイト: 論創社/アマゾンストア;戯曲アルセーヌ・ルパン(2006.12刊)ISBN-13: 978-4846007416

こうして人気作家の出世街道を駆け出したモーリス・ルブラン(Maurice Leblanc, 1864-1941)はすでに42歳になっており、もし推理小説作家としての成功がなければ、数多くの同時代作家とともに埋没してしまったかもしれない。座右の書としている松村喜雄氏の『怪盗対名探偵』の中から引用すると:
ルブランは出版社を経営している親友のピエール・ラフィットから、彼が発刊している雑誌「ジュ・セ・トゥー」に、ドイルの甥のE.W.ホーナングの「義賊ラッフルズ」のフランス版を書くことをすすめられ、筆をとった。そうしてアルセーヌ・ルパンが生まれた。
***松村喜雄『怪盗対名探偵~フランス・ミステリーの歴史』双葉文庫、2001.11、「みんな夢中になったルパン」より。

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)フランス文芸家協会の役員改選(1907.03.25)
(2)モーリス・ルブランの劇作「憐れみ」(1906.05.07)

にほんブログ村 海外生活ブログ フランス情報へ


***** K-A さんから教えていただいた小文「ルパンは何者か?」の中に第1短編集に関係するルブランの言及があったので、追加掲載した。

「その話は評判になった。それでもラフィットが続篇を書くよう頼んできたとき、私はことわった。その当時フランスでは推理小説や探偵小説はひどく下等な文学(fort mal classé)と見なされていたのだ。」
「『強盗紳士アルセーヌ・ルパン』という表題は、私が初期の短篇をまとめて一冊の本にして出そうと考えたときになって初めて思いついたもので、各篇に共通する題名が必要だったのである。」
©モーリス・ルブラン「アルセーヌ・ルパンは何者か?」ル・プティ・ヴァール紙:1933年11月11日掲載より
©Maurice Leblanc : Qui est Arsène Lupin? ; Le Petit Var, Samedi 11 novembre, 1933
Ebooks Libres & Gratuits   http://www.ebooksgratuits.org/
[PR]
by utsushihara | 2007-06-10 17:02 | 文芸、評論1907-08

フランス文芸家協会の役員改選

f0028703_1520171.jpg1907年3月25日(月)

3月24日に行なわれた文芸家協会評議員の三分の一の改選において、「ヴァルコール侯爵」の作者ダニエル・ルシュール女史が選ばれたが、女性の委員としてはジョルジュ・サンド以来久々の選出となった。同時に女性尊重論者(フェミニスト)の作家で知られるジュール・ボワ氏が選ばれた。
また、優れた劇作家ジャン・ジュリアン氏と当誌連載の「アルセーヌ・ルパン」の生みの親モーリス・ルブラン氏も新たに委員に選出された。翌25日の会議において会長にヴィクトル・マルグリット氏、副会長にミシェル・プロヴァン氏とカンタン=ボシャール氏が選ばれた。

出典:BNF-Gallica #102980 « Je sais tout » No.28; MAI, 1907
f0028703_15205178.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
画像(↑)の左からダニエル・ルシュール、ジュール・ボワ。
画像(→)の左からジャン・ジュリアン、モーリス・ルブラン。

*参考サイト:
(1)フランス文芸家協会(La Société des gens de lettres de France = SGDL)は1838年、ユゴー、バルザック、デュマ、サンドらによって創設。Wikipedia(仏語)
(2)ジュール・ボワ(Jules Bois, 1868-1943):女権論者、詩人、オカルト論者。
Les commérages de Tybalt : Gens de lettres : Jules Bois(仏語)

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1) ダニエル・ルシュール(Daniel Lesueur, 1860-1920)の小説「愛の仮面」の主人公がヴァルコール侯爵。「愛の仮面」の上演(1905.10.10)
(2) ジャン・ジュリアン(Jean Jullien, 1854-1919)の人気作:「カケスの羽根」の公演(1906.02.14)
(3)モーリス・ルブラン(Maurice Leblanc, 1864-1941):モーリス・ルブランの劇作「憐れみ」(1906.05.07)
(4)ヴィクトル・マルグリット(Victor Margueritte, 1866 -1942):文芸消息(1907.03)マルグリット兄弟の分離
[PR]
by utsushihara | 2007-03-25 15:19 | 文芸、評論1907-08