フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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重労働下の音楽家たち

1909年3月27日(土)~28日(日)

今夜27日、オペラ座ではワーグナーの楽劇『ワルキューレ』の全曲公演がある。出演者は、ローズ・フェアール嬢、フランシスク・デルマ氏、ジャンヌ・アット嬢、ゴダール氏、ジュルネ氏などである。
当初ヒロインのブリュンヒルデを歌う予定だったリュシエンヌ・ブレヴァル嬢は昨日の夜遅くになって、マスネの歌劇『バッカス』の稽古のあとで疲れが出たため、『ワルキューレ』には出演できない旨を知らせてきた。
今夜、再演が開始される『ワルキューレ』ではローズ・フェアール嬢がブリュンヒルデを歌うこととなった。彼女は昨年同時期にこの役を歌って成功している。他の8人のワルキューレ(戦死者を運ぶ女神たち)の役は、ラペーレット、ロート=ブリュン、カロ=リュカ、カンプルドン、グランクール、ル・センヌ、ボワイエ・ド・ラフォリ、バウエルの諸嬢が歌う。指揮はアンドレ・メサジェ氏が担当する。

28日午後2時からのパリ音楽院管弦楽団のコンサートは、アンドレ・メサジェ氏の指揮で以下の曲が演奏される。
①ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調
 Beethoven : Symphonie en ut mineur
②無伴奏合唱曲;クレマン・ジャヌカン:「この五月に」、「緑の森で」、「陽気な小さな妖精」
 Choeurs sans accompagnement : Clément Jannequin : « Ce moys de may », « Au verd boys », « Petite nymphe folastre »
③ヴァンサン・ダンディ:シラーによる三部作『ワレンシュタイン』から「陣営」
 Vincent d’Indy : « Wallenstein » trilogie d’après Schiller; « Le Camp »
④バッハ:組曲第2番ロ短調(フルート独奏:アヌバン氏)
 J.S.Bach : Suite en si mineur (flûte solo : M.Hennebains)
⑤ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』から「前奏曲」と「イゾルデの死」(独唱:オペラ座専属ルイーズ・グランジャン嬢) Wagner : «Tristan et Yseult» ; a)Prélude, b)Mort d’Yseult (Mlle Louise Grandjean, de l’Opéra)
⑥ウェーバー:歌劇『オイリアンテ』序曲
 Weber : Ouverture d’ « Euryanthe »

f0028703_16112011.jpg出典Crédit:©BNF-Gallica #618575 «Le Petit journal» No.16892, le 27 Mars, 1909
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN
Jean Francois, dit Francisque Delmas, créateur du rôle de Wotan, basse, dans "La Walkyrie"

[ Ψ 蛇足 ]
オペラ座の支配人であるアンドレ・メサジェ(André Messager, 1853-1929)の猛烈な働きぶりが目についたので掲載した。いかに共同支配人の一人だったとは言え、オペラ座の常任指揮者であるとともに毎週日曜日の午後に開かれるパリ音楽院管弦楽団の定期演奏会に出演し続けるのは、55歳の老指揮者にとっては超人的な活躍であるとしか言いようがない。(この時は睡眠時間もままならぬ週末だっただろうと推測する)
この時代はまだ録音装置も開発途上にあって、一般的な普及はまだ先の話であった。音楽は水泡のように現れては消え、もう一度聞き返すには演奏会に通い続けるしかなかった。音楽家もそれに応えるため、肉体労働者のように身体を動かすのが当然であった。
最初の記事中で、ソプラノ歌手のリュシエンヌ・ブレヴァル(Lucienne Bréval, 1869-1935)が「疲労で出られない」と言ってきたことも、音楽家たちにとって苛酷な労働環境の時代だったことを思わせる。
代役となったローズ・フェアール(Rose Féart, 1881-1954)はスイス出身のソプラノ歌手で、そこそこの力量だったらしく、主役を歌う機会も多かった。
(↑)上掲画像は、『ワルキューレ』でウォータン役を歌ったバス歌手のフランシスク・デルマ(Francisque Delmas, 1861-1933)

*参考サイト:Wikipedia(仏語)Francisque Delmas

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)ワーグナー没後25周年記念演奏会(1908.02.27)
(2)「ムジカ」最新号(記事広告)(1905.10.25)楽劇「ワルキューレ」でウォータン役のデルマ
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by utsushihara | 2009-03-29 16:09 | オペラ、音楽、演劇1909-10

アンドレ・メサジェの喜歌劇『ヴェロニク』の再演

1909年3月11日(木)

f0028703_22241384.jpgフォリー・ドラマティク座では来たる11日(木)に『ヴェロニク』の公演が50回目を迎える。このアンドレ・メサジェ氏の有名な作品は初演のときすでに300回近くの公演を数えている。
フォリー・ドラマティク座の経営陣はこの記念すべき再演50回目の公演後にささやかなパーティで祝うことにしている。今季の各劇場の演目の中でも最も完璧で素晴しい出来の一つに挙げられる。

出典Crédit:©BNF-Gallica #618556 «Le Petit journal» No.16873, le 8 Mars, 1909
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN / Titre série : Chanteuse par Nadar / Légende : Mariette Sully et Jean-Alexis Perier, baryton, dans "Veronique" / Titre : Véronique / Rôle joué : Sully:Véronique ; Perier:Florestan / Auteur de l'oeuvre : André Messager(musique de) ; Georges Duval et Albert Vanloo (livret de) / Nom de théâtre : Bouffes Parisiens / Auteur de la photo : Nadar (atelier) / Date prise vue : 1898.12.12

[ Ψ 蛇足 ]
『ヴェロニク』(Véronique)はアンドレ・メサジェ(André Messager, 1853-1929)が作曲し、1898年にブッフ・パリジァン座で初演された軽妙な3幕の喜歌劇である。
(↑)上掲の写真は約10年前の1898年12月の初演時のもので、第2幕ヴェロニク役のマリエット・シュリーと相手役のジャン=アレクシス・ペリエの有名な二重唱「ロバにゆられて」(De ci de là, Cahin Caha!)の場面である。«Cahin Caha!» は擬態語で「ひょこひょこ」の意味、「カアン・カア」と発音する。
メサジェは指揮者やオペラ座の支配人としての経歴が知られるが、当代風の軽妙なオペレッタやバレエの作曲も多い。『ヴェロニク』(Véronique)は日本では知名度が低いが代表作の一つとも見なされ、全曲盤CDも出ている。話の内容は、良家の娘エレーヌは、遊び人で金欠病のフロレスタン子爵と婚約するが、別の愛人との密会を目撃してしまう。彼をこらしめるために彼女は身を隠し、正体不明のヴェロニクという町娘に変装して彼に近づく。

メサジェは先の12月にオペラ座支配人辞表騒ぎを起こしたが、その後辞意を撤回したらしく、1914年まで支配人の職務を続けることになる。またオペラ座の公演での管弦楽の指揮のみならず、毎週日曜日のパリ音楽院の定期演奏会の常任指揮者も精力的に続け、その合間にも作曲を発表する。

*参考サイト:
(1)amazon.fr / André Messager: Véronique [Import] (CD)
(2)Théâtre musical Opérette: Véronique d'André Messager(仏語)
**これまでの関連記事france100.exblog:オペラ座の支配人メサジェの辞任(1908.12.06)
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by utsushihara | 2009-03-11 22:22 | オペラ、音楽、演劇1909-10

指揮者コロンヌ練習中に昏倒、寒波のせいか?

1909年2月12日(金)

欧州北方の強い高気圧から吹き出された寒波が北北西からの風に乗ってフランスに襲来している。上空の気温は零下20℃に達している。パリではこの日は零下2℃であったが、強い氷のような風が吹いていたため寒さは厳しく感じられた。この寒気はしばらく続くことが予想される。
12日(金)の午後3時頃、指揮者のエドゥアール・コロンヌ氏はシャトレ座において来たる日曜日恒例の演奏会のためにオーケストラの練習をしていた。そのさなか、突然彼は意識を失って譜面台の前に崩れるように倒れた。楽団員はすぐに彼のもとにかけ寄った。彼は支配人の執務室に運ばれ、応急措置が施され、急いでランドージー博士が呼ばれた。生命に別状なく、意識も快復し、医師によれば寒気が原因の脳震盪であるという診断だった。
その少し後、夕方5時頃、容態が落ち着いたコロンヌ氏は自動車で16区のダヴィッド街21番地の自宅まで連れ帰された。その夜の名指揮者の様子は安堵できるもので、この発作は危険な結果とならなかった模様である。
f0028703_23385463.jpg
出典Crédit:©BNF-Gallica #568971 «Le Matin» No.9118, le 13 Fév. 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #618534 «Le Petit journal» No.16851, le 14 Fév. 1909
画像 Crédit photographique : ©Musée d'Orsay, Dist RMN / Gérard Blot / Cote cliché : 00-010744 / Fonds : Photographies / Description : Edouard Colonne (1838-1910), chef d'orchestre français, l'Association des Concerts Colonne. Album de 500 célébrités contemporaines - Collection Félix Potin / Localisation : Paris, Musée d'Orsay

[ Ψ 蛇足 ]
この1909年の冬は寒さが厳しい年だった。コンセール・コロンヌの主宰者エドゥアール・コロンヌ(Edouard Colonne, 1838-1910)(↑画像)もこの時すでに70歳を超えており、あまり無理は禁物な年齢だっただろう。上記の事件は「ル・マタン」紙だけが入手したようで、他紙には見つからなかった。この2日後の14日(日)午後2時半からの演奏会はシャトレ座で行なわれたが、コロンヌの代わりに急遽ガブリエル・ピエルネ(Gabriel Pierné, 1863-1937)が指揮することとなった。曲目は、ベルリオーズの『ファウストの劫罰』(La Damnation de Faust)だけ記されていた。全曲演奏で2時間を超える大作である。なおピエルネは数年前から時折このオーケストラを振っているので大きな問題はなかったようだ。

余談だが、同じ日曜日に競合していたパリ音楽院管弦楽団の演奏会では、この日にベルリオーズの劇的交響曲『ロメオとジュリエット』(Roméo et Juliette, symphonie dramatique)が競演となった。指揮はアンドレ・メサジェである。
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by utsushihara | 2009-02-12 23:38 | オペラ、音楽、演劇1909-10

日曜日の管弦楽コンサート(1909.01)

1909年1月10日(日)

日曜日恒例の管弦楽コンサートの1909年1月10日のプログラムを紹介する。

(1)パリ音楽院管弦楽団演奏会、奏楽堂にて午後2時から
①シューマン(Schumann):交響曲第3番変ホ長調(Symphonie en si bémol)
②ガブリエル・フォーレ(G.Fauré):合唱曲「ヴィーナスの誕生」(« La Naissance de Vénus »)
ディン・ジリー氏の独唱(M. Dinh Gilly)、合唱と管弦楽
③バッハ(J.S.Bach):組曲第3番ニ長調 (Suite en ré majeur)
④サン=サーンス(C. Saint-Saëns):「祖父の歌」(Chanson de Grand-Père)と「祖先の歌」(Chanson d’Ancêtre)
ディン・ジリー氏の独唱(M. Dinh Gilly)、合唱
⑤ベートーヴェン(Beethoven):序曲「レオノーレ第3番」(Ouverture de Léonore No.3)
指揮はアンドレ・メサジェ氏となっている。

(2)コロンヌ管弦楽団演奏会、シャトレ劇場にて午後2時半から
①ワーグナー(R. Wagner):歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲(« Lohengrin» Prélude du 1er acte)
②アルフレード・カゼルラ(Alfredo Casella):「三つの詩」(Trois poèmes, pour une voix et orchestre)
1.「雲の温床」(Nuageries – Jean Richepin)ジャン・リシュパン詩
2.「信心なき夕べ」(Soir païen – Albert Samain)アルベール・サマン詩
3.「漕ぎながら」(En ramant – Jean Richepin) ジャン・リシュパン詩
コンセール・コロンヌとしては初演。メアリー・メイランド(Sop)、オリヴィエ(Alt)、管弦楽伴奏。
③ブラームス(Brahms):ピアノ協奏曲第1番ニ短調 (Concerto en ré mineur pour piano)
ピアノ独奏:ラウル・プーニョ氏(M.Raoul Pugno)
④ベートーヴェン(Beethoven):交響曲第9番合唱付 (Neuvième Symphonie avec choeur)
シラーの頌歌をアメデ・ブータレル氏の翻訳にて(traduction de l’ode de Schiller par M.Amédée Boutarel)
独唱者:メアリー・メイランド(Sop)、オリヴィエ(Alt)、サイェッタ(Ten)、シグワルト(Bas)、演奏者総合計250名、指揮エドゥアール・コロンヌ氏となっている。

f0028703_15415319.jpg出典Crédit:©BnF-Gallica #618499 «Le Petit journal» No.16816, le 10 Jan. 1909
画像 Crédit d’image : Wikipedia(伊語)Alfredo Casella
http://it.wikipedia.org/wiki/Alfredo_Casella

[ Ψ 蛇足 ]
いずれもフランスの現役作曲家の作品を演目に織り交ぜている。フォーレとサン=サーンスの独唱付合唱曲は今日では非常に珍しい作品となっている。(特にオケ+合唱作品は人の手当だけで手間がかかり過ぎる。)
コロンヌの演奏会でのアルフレード・カゼルラ(Alfredo Casella, 1883-1947)(画像→)はイタリア人だが、パリ音楽院に学び、作曲をフォーレに師事しており、第一次大戦を機にイタリアに戻るまで若手作曲家としてパリの音楽界で活躍した。
もう一つ注目されるのはベートーヴェンの第九の演奏で、この時代は仏語訳の歌詞で「歓喜の歌」を歌っている。昔の日本でもそうした傾向があっただろうが、原語歌唱で字幕テロップで満足している現代の非独語民族として共通する時代の変遷を感じる。(翻訳者がブータレル氏というのには苦笑)

*参考サイト:Wikipedia(和文)アルフレード・カゼッラ(Alfredo Casella, 1883-1947)
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by utsushihara | 2009-01-12 23:47 | オペラ、音楽、演劇1909-10

オペラ座の支配人メサジェの辞任

1908年12月6日(土)

オペラ座支配人のアンドレ・メサジェ氏の辞任のニュースは、パリ市民にとって「青天の霹靂」のように鳴り響いたと言うしかない。この数週間のあいだ、オペラ座に出入りする人々は二人の支配人の不協和音を見過ごせない気配が感じられた。もちろんメサジェ氏とブルッサン氏の親密な関係はいささかも変わることはないが、メサジェ氏は「芸術的かつ経営的」観点からブルッサン氏との共同体制から身を引くことを決断したという。
今週の半ば頃、メサジェ氏は、芸術文化次官のデュジャルダン=ボーメツ氏と、文部教育大臣のドゥメルグ氏のもとを相次いで訪れ、オペラ座の共同経営者を辞任したい旨を伝えた。しかし両氏とも困惑を隠せず、メサジェ氏に対して思い留まるよう説得し、特にドゥメルグ氏は2日間の猶予でよく考え直すように主張した。
大臣の要請に従い、メサジェ氏は48時間過ぎるのを待ち、4日金曜日に正式な辞任願を書き送ったのである。
彼は政府の認可が出るまでは任務を続けることを言い添えているが、オペラ座の支配人は一人で十分であると大臣が判断するまでの便宜的措置だとしている。
またこれと同時にメサジェ氏は、自分の決断を共同支配人であるブルッサン氏に伝えたが、彼は大いに驚き、途方にくれた表情で辞任を撤回するように熱心に主張した。
ドゥメルグ氏はメサジェ氏の書状を受け取ったが、現在のところまだ何の返事もしていない。

f0028703_17202479.jpg出典 Crédit:©BNF-Gallica #288297 « Le Figaro » le 7 Déc. 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #618465 « Le Petit journal » le 7 Déc. 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN (Musée d'Orsay) / Gérard Blot / Cote cliché :00-010775 / Titre : André Messager (1853-1929), compositeur et chef d'orchestre français/ Description : Album de 500 célébrités contemporaines - collection Félix Potin/ Auteur :Boyer Jacques (actif vers 1900)/Localisation : Paris, Musée d'Orsay

[ Ψ 蛇足 ]
作曲家であり指揮者でもあるアンドレ・メサジェ(André Messager, 1853-1929)がブルッサンとともにオペラ座の支配人の座に就いたのは約1年前の1908年1月のことであった。運営が2頭体制であったことは、多忙なメサジェの立場を考えてのことでもあっただろうとも推測できるが、逆に運営の決定権や主導権があいまいになったことが1年足らずのうちに「やりにくさ」を助長させたのかも知れない。
「青天の霹靂」は、フランス語では「穏空の雷鳴」(=un coup de tonnerre dans un ciel serein)と表現される。ほとんど同義である。

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)次期オペラ座支配人にアンドレ・メサジェ(1907.01.23)
(2)オペラ座支配人の交代 (1907.12.31)
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by utsushihara | 2008-12-06 17:14 | オペラ、音楽、演劇1907-08

ジョルジュ・マルティ追悼演奏会(サン=サーンスがピアノ独奏)

1908年11月15日(日)

先月死去した指揮者ジョルジュ・マルティを追悼し、その未亡人への義捐金のための演奏会が11月15日午後2時からパリ音楽院の奏楽堂で開かれた。会場は実行委員会に参加を申し込んだ数多くの芸術家、文化人、社交界のお歴々で満たされた。曲目は:
①『バルタザール』序曲(Ouverture de « Balthazar ») ジョルジュ・マルティ(Georges Marty)作曲
②管弦楽組曲『シャイロック』(« Shylock » suite d’orchestre)ガブリエル・フォーレ(Gabriel Fauré)作曲
③歌劇『アルセスト』第1幕から(Fragments du 1er acte d’ « Alceste »)グルック(Gluck)作曲:オペラ座のアット嬢とデルマ氏の独唱
④ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491(Concerto pour piano en ut mineur)モーツァルト(Mozart)作曲、サン=サーンスの独奏ピアノ
⑤合唱付き交響曲(Symphonie avec choeurs)ベートーヴェン(Beethoven)作曲、オペラ座のガル嬢、ラペィレット嬢、カズヌーヴ氏、フレーリック氏の独唱
となっている。管弦楽と合唱はパリ音楽院コンサート協会、指揮はアンドレ・メサジェ氏である。

f0028703_8371272.jpg出典 Crédit:©BNF-Gallica #288273 « Le Figaro » le 13 Nov. 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288275 « Le Figaro » le 15 Nov. 1908
画像 Crédit photographique:© BNF-Gallica; http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b6927729g
5-11-13, salle Gaveau, audition Saint Saëns [pianiste sur scène entouré de l'orchestre] : [photographie de presse] / [Agence Rol]

[ Ψ 蛇足 ]
(↑)上掲は実際は1913年頃と思われるサル・ガヴォーでの演奏会の写真で、ピアノの名手でもあったサン=サーンスが協奏曲で独奏しているところである。(パリ音楽院の演奏会のものは見つからなかった。)当時70歳を超えていたのにもかかわらず、親しい仲間の死を悼んでピアノ独奏を買って出るのも老巨匠らしい。
この催しはマルティ夫人のための慈善演奏会でもあり、上記記事中にある実行委員会にはサン=サーンスをはじめ、フォーレ、メサジェ、ブリュノー、ピエルネ、デュボワ、ヴィダルなどが名を連ねていた。

**これまでの関連記事france100.exblog:指揮者ジョルジュ・マルティの死(1908.10.11)

***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用
[第10章] 1908年10月26日(月):(←これは原著者ビュッセルの記憶違いで正しくは11月15日(日)のことである)
メサジェがソシエテ・デ・コンセールのオーケストラ指揮者に任命され、最初のプログラムとして、前任者故ジョルジュ・マルティの「バルタザール」の美しい序曲を指揮する。カミーユ・サン=サーンスが、正確で柔軟で極めて音楽的な奏法で、モーツァルトのピアノの「二調のコンチェルト」を弾く。これは、公開演奏の彼を聴く極めて稀な機会である!・・・
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by utsushihara | 2008-11-15 08:35 | オペラ、音楽、演劇1907-08

オペラ座で『神々の黄昏』の総稽古(ゲネプロ)

1908年10月28日(水)
f0028703_18391227.jpg(←)左掲はワーグナーの楽劇『神々の黄昏』の総稽古の宵におけるオペラ座のロビー(フォワィエ)での会食風景である。今回オペラ座が取り上げるこの作品はワーグナーの中でも最も重要なものの一つとされている。出演は、ルイーズ・グランジャン(ブリュンヒルデ役)、フェアール、ラペィレットなどの諸嬢、ヴァン=ダイク、デルマ、デュクロなどの諸氏であり、非常に大きな印象を残し、各紙の批評は熱のこもったものとなった。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102983 « Je sais tout » No.47; Déc. 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288258 « Le Figaro » le 29 Oct. 1908

[ Ψ 蛇足 ]
上掲は招待された有名人たちの様子を描いた「フィガロ」掲載のイラストで、手前左からコメディ・フランセーズ座のジュール・クラルティとジュリア・バルテ、酒瓶を持つカミーユ・ペルタン、後列の左からオペラ座支配人で指揮者のアンドレ・メサジェと評論家のガブリエル・アストリュック、一人置いて、尖った頭のアンリ・ロシュフォール(国粋主義者)、女優のレジャーヌ、ピエール・ラガルド、デュジャルダン=ボーメツが並ぶ。この総稽古(Répétition générale = 公開前のお披露目公演)は2度おこなわれたようだ。

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***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用
[第10章] 1908年10月20日(火):(←この日付は筆者の記憶違いと思われる)
『神々の黄昏』の総試演。客席はワーグナー派と反ワーグナー派とで満員となり、ロビーでは彼らが言い争う・・・・・・すばらしい部分があり、メサジェは極めて清澄なオーケストラ演奏を得たが、熱烈なワーグナー派のカミーユ・シュヴィヤールは、狂喜しながらも、「しかし、飛翔力に欠けている。」と言う。ドビュッシーは、ふざけて四部作を「音楽興信録」と呼ぶ。
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(「フィガロ」9月6日付の記事から)
オペラ座の舞台総監督ポール・スチュアール氏(Paul Stuart)はミュンヘンからパリに帰着した。氏はかねてより『指輪』四部作をパリで上演するにあたってワーグナー流の伝統に従って舞台装置や機械操作、照明美術などを研究するようにメサジェ氏とブルッサン氏から要請されていたのである。ミュンヘン歌劇場の総支配人フォン・シュパイデル氏(M. von Speidel)からは懇切丁寧な応対を受け、スチュアール氏は特別な計らいにより、『ラインの黄金』、『ワルキューレ』、『ジークフリート』、『神々の黄昏』の舞台稽古を見学し、その場で摂政殿下から直々に貴重な指図を教えてもらうという光栄に浴した。ポール・スチュアール氏は膨大な資料を携えてパリに戻った。熱狂的なワーグナー崇拝者たちはまもなくオペラ座の舞台総監督がいかに習得したかを興味をもって観ることになるだろう。
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288205 « Le Figaro » le 6 Sep. 1908
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***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用
[第10章] 1908年8月11日(火):
『神々の黄昏』の練習。サン=サーンスが客席に来ていて、この作品を「最高度の不消化」と決めつける。メサジェはひどく気がたっていて、ヴァン・ダイクをはじめとして歌手全員をどなりつける!…
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by utsushihara | 2008-10-28 18:37 | オペラ、音楽、演劇1907-08

トロカデロ劇場で「サン=シール陸軍士官学校百周年」祝賀公演

1908年7月8日(水)

7月8日(水)の夜8時15分からトロカデロ劇場において、サン=シール陸軍士官学校の百周年を祝賀する公演が演劇30年基金により催される。内容は下記の通りである。
①ポール・フェリエ作: 記念詩『サン=シール校生に寄す』(L’à-propos « Aux Saint-Cyriens » de Paul Ferrier)、朗読デュ・ミニル嬢(Mlle du Minil)
②アンドレ・メサジェ作曲: バレエ『二羽の鳩』(Ballet « Les Deux Pigeons » d’Henri de Regnier et Mérande, musique d’André Messager) アンリ・ド・レニェ&メランド台本、メサジェ指揮によるオペラ座バレエ団&管弦楽団、カルロッタ・ザンベリ主演 (Mlle Carlotta Zambelli)
③コルネイユ作: 悲劇『オラース』(« Horace » de Corneille) 出演;ムネ=シュリー氏、アルベール・ランベール=フィス氏、ポール・ムネ氏、スゴン=ウェーバー女史など。
④ジュール・クラルティ作: 詩『軍旗』(« Le Drapeau » de Jules Claretie)、朗読ジョルジュ・バイエ氏(M. Georges Baillet)
⑤パラディエ作『祖国』(« Patrie » de Paradilhe)およびマスネ作『ル・シッド』(« Le Cid » de Massenet)からアリア、独唱デルマ氏(M. Delmas)
⑥アンリ・ド・ボルニエ作: 詩『刀剣の歌』(« La chanson des Epées » de Henri de Bornier)、朗読ムネ=シュリー氏(M.Mounet-Sully)
⑦国歌『ラ・マルセイエーズ』(La Marseillaise)、朗誦スゴン=ウェーバー女史(Mme Segond-Weber)、演奏ポール・ヴィダル指揮、オペラ座管弦楽団(Orchestre de l’Opéra, sous la direction de M. Paul Vidal)

この演奏会の終演は午後11時30分の予定である。アンヴァリッド駅からサン=シール駅までの特別列車が用意されている。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288143 « Le Figaro » le 6 Juil, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288145 « Le Figaro » le 8 Juil, 1908
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN
NA 237 02099 G / Danse par Nadar : Carlotta Zambelli / 1910.02.02

f0028703_17442682.jpg[ Ψ 蛇足 ]
欧米ではおそらく「軍事は国家の基盤」という考えは百年前も今も変わっていないだろう。(微妙な発言になるが・・・)
コルネイユの劇『オラース』はトロカデロ劇場では初めての上演となった。こうした機会でなければコメディ・フランセーズ座の錚々たる看板役者たちが勢揃いで出ることはなかっただろう。
メサジェのバレエ『二羽の鳩』は、踊りは見ずにボニングの全曲盤CDを聴いたが、なかなか軽快で美しい曲が続いて楽しい。1886年の初演以降、何度も取り上げられたようだ。当時オペラ座バレエ団の花形プリマの(画像↑)カルロッタ・ザンベリ(Carlotta Zambelli, 1875-1968)は、ほとんどのオペラ中に含まれるバレエの場面で主役を踊っている。その次に控えていたのが若手の筆頭アイーダ・ボニ(Aïda Boni)で上記の公演でも一緒に踊っている。

**これまでの関連記事france100.exblog:サン=シール陸軍士官学校の百周年(1908.07.02)
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by utsushihara | 2008-07-08 17:39 | オペラ、音楽、演劇1907-08

ラロ作曲のバレエ「ナムーナ」の再演

1908年3月27日(金)

(「フィガロ」3月21日付の記事から)
オペラ座では「ナムーナ」の総稽古を来週3月26日(木)に決定した。翌金曜日が再演初日となる。このエドゥアール・ラロのバレエがオペラ座で初演されて以来、ちょうど26年半となる。完全に忘れ去られていた作品の再演までにかくもすみやかに進められるまでにはかなりの労力が必要だった。支配人のメサジェ、ブルッサン両氏の指示により演出がやり直され、振付が修正され、舞台装置や衣裳まで新調された。
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出典 Crédit:©BNF-Gallica #288034 « Le Figaro » le 21 Mars, 1908
画像 Crédit d’Image:© BNF-Gallica : ”Namouna” 1er acte, 1er tableau; par Philippe Chaperon, Juillet 1881. / http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b7001124z

[ Ψ 蛇足 ]
エドゥアール・ラロ(Edouard Lalo, 1823-1892)の家系は、スペイン国境に近いバスク地方の出身だった。北仏リール生まれながらその音楽には情熱的な一面を感じさせるものが多い。作曲が一般に認められたのは50歳を超えた1870年代以降になってからだった。
上掲(↑)の画像は「ナムーナ」の原型となった同名の劇作品の舞台装置画と思われる。フィリップ・シャプロン画。
「ナムーナ」(Namouna)はオペラ座バレエ団からの注文で、リュシアン・プチィパの振付で初演されたが、斬新だったためか極めて不評で、ほとんど埋没されていた。初演当時、ドビュッシーやフォーレが絶賛したことでも知られ、恐らくメサジェも同意見だったはずで、今回の再演に至ったのだろう。下記のとおり、現在では主要なバレエ団のレパートリーに入っている。
初演の直前にラロが病気で動けなくなり、グノーが手助けして楽譜を完成させた話は他でも読んだことがある。

***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用:
[第10章] 3月30日:オペラ座でエドゥアール・ラロの舞踊曲「ナムーナ」。極めてユニークな音楽性を有する作品。友人ラロが重病になったとき、グノーが、すばらしい熟練で書きあげたオーケストラ編成。・・・この総譜は、わがバレエ曲目の宝石の一つである。しかしながら、これは不当にも忘れ去られている。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(和文)エドゥアール・ラロ
(2)「白の組曲」:東京バレエ団初演:1997年10月04日音楽:エドゥアール・ラロ (「ナムーナ」からの抜粋)
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by utsushihara | 2008-03-27 16:38 | オペラ、音楽、演劇1907-08

オペラ座支配人の交代

f0028703_12453393.jpg1907年12月31日(火)

すでに1年前に発表されていたことではあるが、21年間にわたってオペラ座の支配人として君臨してきたペドロ・ゲラール氏は、12月31日その権限を後任のアンドレ・メサジェ氏とレミスタン・ブルッサン氏に引き継いだ。オペラ座の建物にある7000もの扉すべてに通用するマスターキー(パスパルトゥ)も引き渡された。
左掲(←)はオペラ座を去るゲラール氏に予約会員たちから贈呈されたアルバムの表紙で、マスネの歌劇「アリアーヌ」第2幕の舞台装置が描かれている。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.37; Fév. 1908
出典Crédit:©BNF-Gallica #287941-53 « Le Figaro » le 19-31 Déc. 1907
出典Crédit:©BNF-Gallica #287954-5 « Le Figaro » le 1er-2 Jan. 1908

[ Ψ 蛇足 ]f0028703_12544694.jpg
ペドロ・ゲラール(Pedro Gailhard, 1848-1918)
アンドレ・メサジェ(André Messager, 1853-1929)
レミスタン・ブルッサン(Leimistin Broussan, 1855-1921)

***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用:
1907年12月31日(火)オペラ座のスタッフのために、支配人ゲラールとお別れのソワレ。「シギュール」と「タイス」と「サムソンとデリラ」と「祖国」の断章。上演が終ると、大きな支配人の応接間で新支配人メサジェとブルッサンの歓迎会。ゲラールをはじめとして全員が心を揺さぶられる。親しいオペラ座を去ることが、彼の心を引き裂くのだ!…

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)次期オペラ座支配人にアンドレ・メサジェ(1907.01)
(2)今シーズンのオペラ座(1906年~07年)(1906.09) ペドロ・ゲラールの紹介
(3)マスネの歌劇「アリアーヌ」の初演(1906.10.31)
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by utsushihara | 2007-12-31 12:44 | オペラ、音楽、演劇1907-08