フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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ロシアの美人ソプラノ歌手の交通事故

1909年9月3日(金)f0028703_16425792.jpg

マリー・クズニェツォフ女史は、ドイツ中部の保養地バード・キッシンゲンのホテル・レジナで休暇を送っていたが、あやうく深刻な事態になりかねない交通事故に巻き込まれた。ソプラノ歌手を乗せた自動車がヴィンツブルク近郊で農夫の荷馬車と衝突し、彼女は地面に投げ出されたのである。乗り合わせていた女友達は重傷を負った。まことに幸運なことにクズニェツォフ女史は数箇所の打撲傷ですんだが、医師団は彼女に数週間の絶対安静(repos absolu)を命じた。優美な歌姫はサン=ペテルブルクの帝室歌劇場への新シーズンの登場を少し遅らせることとなる見込みである。彼女はマスネの歌劇『マノン』(Manon)を歌うことになっている。

(9月8日付の「フィガロ」紙の記事から)
重大な自動車事故の影響で、マリー・クズニェツォフ女史のマリイン歌劇場への登場は約半月あとに延期された。彼女は『マノン』の公演のあと、初めて『イゴール公』(Le Prince Igor)をシャリアピンと共演する予定で、またカザンリー(Kazanly)の3幕歌劇『ミランダ』の初演にも取り組む。
秋のシーズン後、来年1月にはニューヨークに向けて出発し、メトロポリタン歌劇場で約2ヶ月間彼女の素晴しいレパートリーを披露する。
そして4月初めにフランスに戻り、オペラ・コミック座で『マノン』、『椿姫』、そして恐らく『雪娘』など一連の公演で彼女の美しい声と容姿をパリの聴衆に堪能させてくれるだろう。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288571 « Le Figaro » No.247, le 4 Sep. 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288575 « Le Figaro » No.251, le 8 Sep. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
(再録)マリー・クズニェツォフ(Marie Kouznietzoff, 1880-1966)は、英米では本名に近い《マリア・クズネツォワ》(Maria Kuznetsova)と言われることが多い。なぜフランスで男名の苗字末尾で通用したのかはわからない。
彼女も稀代の美人ソプラノ歌手として当時もてはやされたが、名前の表記の曖昧さが災いして、検索ではうまく結果が得られないことが多い。

*参考サイト:
(1)Bad Kissingen(英文)温泉保養地
(2)Cantabile-subito : Maria Kuznetsova, Russian soprano(英文)
(3)Wikipedia(英文)Maria Kuznetsova

**これまでの関連記事france100.exblog:美人ソプラノ歌手マリー・クズニェツォフ(1908.02.01)
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by utsushihara | 2009-09-03 16:41 | オペラ、音楽、演劇1909-10

マスネの歌劇『バッカス』の初演

f0028703_1723224.jpg1909年5月5日(水)

オペラ座では5月5日、詩人カチュル・マンデスの2番目の遺作となる台詞にもとづく歌劇『バッカス』が初演された。4幕7場の作品で作曲は巨匠ジュール・マスネ氏である。出演者としては、主役のアリアーヌにソプラノのリュシエンヌ・ブレヴァル嬢(Lucienne Bréval)、バッカス役にテノールのリュシアン・ミュラトーレ氏(Lucien Muratore)に加え、リュシー・アルベル嬢(Lucie Arbell)、アンドレ・グレス氏(André Gresse)らの素晴しい歌唱のほか、カルロッタ・ザンベリ嬢(Carlotta Zambelli)、レア・ピロン嬢(Léa Piron)らの踊りも見事であった。(←)左掲は「ジュセトゥ」4月号の表紙を飾ったマスネの肖像である。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102984 « Je sais tout » No.53; Juin, 1909
画像Crédit photographique:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.51; Avr. 1909
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN

(3月26日付「プチ・ジュルナル」紙の記事から)
オペラ座では『バッカス』の舞台稽古が非常によくはかどった。昨日は作曲者のマスネ氏の前で、この作品の非常に重要で、非常に斬新な、美しく、輝かしい場面となる合唱の集団の練習が行なわれた。作曲家はその演技に魅了されたと語った。昨夜はオーケストラの2度目の譜読みが行なわれ、30日火曜日からはすべての稽古が舞台装置の中で実施される。
出典Crédit:©BNF-Gallica #618574 «Le Petit journal» No.16891, le 26 Mars, 1909

f0028703_17235693.jpg[ Ψ 蛇足 ]
酒神「バッカス」(Bacchus)はフランス語読みでは「バッキュス」となるが、ギリシア・ローマ神話に則り「バッカス」と表記した。20世紀の初頭にはなぜか《バッカスとアリアドネ》(アリアーヌ Ariane)に関連するオペラやバレエ作品が非常に多く作られた。前の月(2月)に不慮の死を遂げた詩人カチュル・マンデスの『アリアーヌ』もマスネは3年前に歌劇に仕立てている。いずれも愛ゆえのアリアーヌの自己犠牲というテーマが貫かれている。(→)右掲はバレエで美しい踊りを見せてくれたレア・ピロン(Léa Piron, 18xx-19xx)の画像である。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(英文)Bacchus (opera) by Jules Massenet
(2)The National Gallery, UK(英文) Bacchus and Ariadne, 1520-3 Titien

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)詩人カチュル・マンデスの不慮の死(1909.02.08)
(2)マスネの歌劇「アリアーヌ」の初演(1906.10.31)
(3)重労働下の音楽家たち(1909.03.27-28)
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by utsushihara | 2009-05-05 17:22 | オペラ、音楽、演劇1909-10

コルネイユの生家を救う運動

f0028703_1629546.jpg1908年6月18日(木)

6月18日午後2時からトロカデロ劇場において古典主義の劇作家ピエール・コルネイユの生家を転売させないための買取り運動の特別公演が開かれる。ファリエール大統領をはじめ、両院の議長も列席する。コメディ=フランセーズ座の俳優たちによる『ポリュークト』(Polyeucte)ではムネ=シュリー氏が主役をつとめる。
また『ル・シッド』(Le Cid)の一場面をアルヴァレス氏とメランティエ嬢が歌う。幕間劇はジナ・ブロジア嬢とデルマ氏が演ずる。演奏は共和国近衛軍楽隊である。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102983 « Je sais tout » No.43; Août, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288117 « Le Figaro » le 10 Juin, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288124 « Le Figaro » le 17 Juin, 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN : Cote cliché : 99-019683- © RMN / Gérard Blot
Titre : Pierre Corneille (1606-1684) / Auteur : Simon Thomassin (1655-1733) / Localisation : Châteaux de Versailles et de Trianon

f0028703_16292814.jpg[ Ψ 蛇足 ]
ピエール・コルネイユ(Pierre Corneille, 1606-1684)はノルマンディ地方の中心都市ルーアンで生まれた。父親は役人だったが、彼はパリに出て演劇の道を歩み、フランス古典演劇を代表する作家の一人となった。生家はすでに親族との調停で転売されていたが、直近は市当局の所有であり、新たに売却する話となったとき、パリの雑誌『ノルマン・ド・パリ』(Les Normands de Paris)や劇作家でコメディ・フランセーズ座の支配人でもあったジュール・クラルティなどが買取り運動を展開していた。(その結果、無事保存された)
上記の記事で「ル・シッド」を歌うとあるが、恐らくコルネイユにもとづくジュール・マスネの歌劇「ル・シッド」の一部を歌ったものと思われる。

ちょうどコルネイユの生誕300年記念の年(1906)を迎えていたこともあり、この前の年にも買取り資金を集めるための野外公演が催された。(↓)

*参考サイト:
(1)Musée Corneille, La maison natale et le quartier(ルーアン市のコルネイユの生家にある記念館)
(2)Cityvox: Le guide des restaurants de Paris: Le Trou Normand
***気になる言葉:「ノルマン人の穴」(Le Trou Normand)という名前のレストランがある。これは慣用句の「料理のあいだに強い酒を胃袋に入れる(飲む)」(faire le trou Normand)から来ているらしい。ノルマン人は酒が強かったようだ。

**これまでの関連記事france100.exblog:野外劇の季節(1907.07.07) リルボンヌの古代劇場遺跡でコルネイユ協会による「ポリュークト」
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by utsushihara | 2008-06-18 16:25 | オペラ、音楽、演劇1907-08

芸術の夕べ(ソワレ・ダール)の演奏会

1908年1月25日(土)

アテネ街8番地で室内楽の演奏会が開かれる。出演者は、オペラ座の歌手ロート女史(Laute)、ピアノ奏者トゥータン=グリュン女史(Toutain-Grün)、パリ音楽院教授シャルル・ルフェーヴル氏(Charles Lefebvre)、オペラ座とコンセール・コロンヌ管弦楽団のヴァイオリン独奏者フィルマン・トゥシュ氏(Firmin Touche)、オペラ座のフルート独奏者エヌバン氏(Hennebains)、その他である。曲目は:
①ドビュッシー(C.Debussy): 弦楽四重奏曲(Quatuor à cordes)
②モーツァルト(W.A.Mozart): クラリネット五重奏曲(Quintette pour clarinette et instruments à cordes)
③マスネ(Jules Massenet): 「マグダラのマリア」からの断片(Fragments de Marie-Magdeleine)
④シャルル・ルフェーヴル(Ch. Lefebvre) : フルート、チェロ、ピアノのための小品集
⑤ブリュン(Brun)とバラキレフ(Barakirew)の歌曲
である。入場券は、デュラン社、グリュス社、ガヴォー楽堂、オペラ通り38番地の代売所、スタインウェイ、およびアテネ街のコンサート会場で入手できる。

出典Crédit:©BNF-Gallica #287974 « Le Figaro » le 21 Jan. 1908

[ Ψ 蛇足 ]
ちょうどこの時期は新体制のオペラ座で模様替え工事が続いており、プロの音楽家たちは仕事の穴埋めのため方々でアルバイトをしている。21日には別のコンセール・ルージュ(Concerts-Rouge)でベートーヴェンの第9交響曲「合唱」が演奏され、大喝采を受けている。
シャルル=エドゥアール・ルフェーヴル(Charles-Edouard Lefebvre, 1843-1917)にはそれほど目立った作品はない。
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by utsushihara | 2008-01-25 17:54 | オペラ、音楽、演劇1907-08

詩劇「王様のマント」

f0028703_1553196.jpg1907年10月22日(火)

ポルト・サン=マルタン劇場の今シーズンの幕開けは、ジャン・エカール作の詩劇「王様のマント」である。付帯音楽はジュール・マスネが作曲した。残虐好みの王子クリスチァンが悪夢のような出来事のあとで善良な王様になるという話である。左記(←)はフィガロ紙のド・ロスク氏による舞台のイラストで、手前がクリスチァン役のエドゥアール・ド・マックス、中央奥が道化役のジャン・コクラン、右手がドリヴァルである。出演は他にマルト・メロ女史、ペリコー氏などで、各紙は一応好意的な批評となっている。
f0028703_15533480.jpg
画像右(→)は7年間にわたりこの劇場の支配人を続けているアンリ・エルツ氏である。氏はまたコクラン=エネの海外公演も手がけている。

出典:BNF-Gallica #102981 « Je sais tout » No.35; Déc. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
ジャン・エカール(Jean Aicard, 1848-1921)は南仏トゥーロン出身の劇作家、小説家。19世紀末にはそれなりの地位を確立していたようで、先般のアカデミー会員補充選挙の立候補者の中にも名前が挙げられている。
作曲家のジュール・マスネ(Jules Massenet, 1842-1912)は名実ともにフランス音楽界の第一人者となっていた頃である。この「王様のマント」(Le manteau du Roi)4幕5景の付帯音楽は今ではほとんど演奏されていない。
エドゥアール・ド・マックス(Edouard de Max, 1869-1924)はこれまでジィドの日記にも頻出する俳優である。ポルト・サン=マルタン劇場を中心に活躍した。支配人のアンリ・エルツ(Henry Hertz)についての詳細は不明。

*参考サイト:Les Amis de Jean Aicard ジャン・エカール友の会(仏語)

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)マスネの新作「テレーズ」の初演(1907.02.16)
(2)マスネの歌劇「アリアーヌ」の初演(1906.10.31)
(3)ポルト・サン=マルタン劇場で「ノートル・ダム・ド・パリ」の再演
(1907.01.28)
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by utsushihara | 2007-10-21 15:51 | オペラ、音楽、演劇1907-08

フェミナ劇場の大成功

f0028703_16342340.jpg1907年4月9日(火)

当誌の購読者を招待して行なわれたフェミナ劇場での2回のマチネ公演は大成功であった。
3月19日の当日は、モーリス・ヴォーケール作の面白い前口上をランテルム嬢(画像→)が可愛らしく読み上げたあと、リュシー・ドラリュ=マルドリュス女史の2幕の韻文劇「勝ち誇ったファオン」(Phaon victorieux) が彼女自身の演技で上演され、観客を紛れもなく引きつけた。それに続いたのはベラルディ氏作の音楽パントマイムで、レジナ・バデ嬢のいつも通りの魅力たっぷりの演技だった。フュルシーは自作の新しいシャンソンを歌って大いに喝采を受け、最後にジュリア・バルテ女史がいくつかの詩を見事に朗読した。

f0028703_1639768.jpg4月9日のマチネでは、前回に劣らぬ演目が用意された。優れたハープ奏者であるマルグリット・アシャール嬢とともに、ジムナズ座のマルト・レニェ女史、オペラ・コミック座のフュジェール氏、そして愉快なドミニク・ボノー氏の出演である。予期せぬ呼び物は巨匠のジュール・マスネ氏がオペラ座の美しい歌姫リュシー・アルベル嬢(←)とともに登場し、自作を披露したことである。最後にグラヴォレ氏とミッサ氏作の1幕の小オペラ「リュカとリュセット」(Lucas et Lucette)がオペラ・コミック座のラシェル・ローネー嬢とタルキーニ氏によって上演され、なかなか才気あふれる出来であった。

出典:BNF-Gallica #102980 « Je sais tout » No.28; MAI, 1907
画像 Crédit d’image : ©CMN: Archives photographiques (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture)

[ Ψ 蛇足 ]
当時の主だった劇場所属の俳優、歌手たちの名前が続々と出てくるのが圧巻である。以下登場順に一行足らずの補足にとどめる。

モーリス・ヴォーケール(Maurice Vaucaire, 1863-1918):詩人。プッチーニの歌劇「マノン・レスコー」のフランス語版台詞を書いた。また、その詩がベル・エポック時代のシャンソンに歌われた。

ジネット・ランテルム(Ginette Lantelme, 18??-1911) :レジャーヌ劇場の女優。この年(1907)ボルディーニの描いた美人肖像画が魅力的である。4年後に謎の死を迎える。

リュシー・ドラリュ=マルドリュス(Lucie Delarue-Mardrus, 1874-1945):女流詩人、劇作家。
「勝ち誇ったファオン」(Phaon victorieux)のファオンはギリシア伝説上の人物で女流詩人サフォの恋人の船乗り。
f0028703_10293958.jpg
レジナ・バデ(Régina Badet):舞踊家。(画像→)19世紀末にボルドー歌劇場でリアーヌ・ド・ブージィと一緒に踊っていた。生没年、詳細不明。

フュルシー(Fursy; Henri Dreyfus, 1866-1929):ベル・エポック時代の有名なシャンソン歌手。本名はアンリ・ドレフュス。

ジュリア・バルテ(Julia Bartet, 1854-1941):コメディ・フランセーズ座を代表する名女優。

**これまでの関連記事france100.exblog:大女優ジュリア・バルテの叙勲(1905.07.28)

マルグリット・アシャール(Marguerite Achard):女流ハープ奏者、生没年、詳細不明。

マルト・レニェ(Marthe Régnier, 1880-1967):ジムナズ座の花形女優。
**これまでの関連記事france100.exblog:「手のひら返し」の上演(1906.05)

リュシアン・フュジェール(Lucien Fugère, 1848-1935):オペラ・コミック座のバリトン歌手。80歳を越えても演奏活動を続けたという逸話がある。

ドミニク・ボノー(Dominique Bonnaud, 1864-1943):「シャノワール」で歌ったシャンソン歌手。
**これまでの関連記事france100.exblog:「赤い月」劇場(ラ・リュヌ・ルス)のレヴュー(1907.03)

ジュール・マスネ(Jules Massenet, 1842-1912):フランスの偉大なオペラ作曲家。
**これまでの関連記事france100.exblog:マスネの歌劇「アリアーヌ」の初演(1906.10.31)

リュシー・アルベル(Lucy Arbell, 1882-1947):オペラ座のメゾ・ソプラノ歌手。
**これまでの関連記事france100.exblog:マスネの新作「テレーズ」の初演(1907.02.16)

ポール・グラヴォレ(Paul Gravollet, 1863-19xx):詩人。彼の詩にドビュッシーが歌曲を作っている。

エドモン・ミッサ(Edmond Missa, 1861-1910):作曲家。当時はオルガン奏者としても有名。
*Musica et Mémoria; Prix de Rome 1880-1889:Edmond Missa

ラシェル・ローネー(Rachel Launay)及びタルキーニ(Tarquini):オペラ・コミック座の専属歌手。詳細不明。

**これまでの関連記事france100.exblog:フェミナ劇場の落成(1907.03.19)

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by utsushihara | 2007-04-09 16:19 | オペラ、音楽、演劇1907-08

マスネの歌劇「アリアーヌ」の初演

f0028703_18132529.jpg1906年10月31日(水)

巨匠マスネの新作オペラ「アリアーヌ」は10月31日オペラ座にて初演され、大成功を博した。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.23; DEC. 1906
画像Crédit d’image : © Archives photographiques (Médiathèque de l'architecture et du patrimoine) © CMN

[ Ψ 蛇足 ]
オペラ「アリアーヌ」(Ariane, 1906)はギリシア神話・英雄伝説にもとづいて詩人カチュル・マンデスが台詞を作り、マスネが作曲したものである。マスネにとってはすでに代表作「マノン」(Manon, 1884)、「ウェルテル」(Werther, 1892)、「タイス」(Thaïs, 1894)、「ケルビーノ」(Chérubin, 1905)などを世に出しており、巨匠としてフランス・オペラ界の頂点を極めていた。

クレタ島の王家の娘アリアーヌ(アリアドネ)は怪物ミノタウロスを退治に来た英雄テセー(テセウス)を赤い糸によって助ける。愛し合った二人は船でアテネに向けて出帆するが、同行したアリアーヌの妹フェードルはテセーに横恋慕し、海に嵐を起こして船をナクソス島に寄港させる。テセーはフェードルの熱愛に心を変えるようになり・・・(後略)

写真は、主役のアリアーヌを歌ったリュシエンヌ・ブレヴァル(Lucienne Bréval, 1869-1935)

*参考サイト:Jules Massenet-Une passion : Ariane オペラ「アリアーヌ」の解説(仏文)
**前の関連記事Blog:
今シーズンのオペラ座(1906年~07年)
芸術家のラントレ(2)音楽家たち (1906.09)
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by utsushihara | 2006-10-31 18:13 | オペラ、音楽、演劇1905-06

今シーズンのオペラ座(1906年~07年)

f0028703_16394949.jpg1906年9月

オペラ座の支配人ペドロ・ゲラール氏は、今年はジュール・マスネ作曲、カチュル・マンデス台本によるオペラ「アリアーヌ」とポール・ヴィダル作曲、カミーユ・ド・サント=クロワ台本のオペラ「ラムレスの娘」を取り上げる。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.20; OCT. 1906
画像Crédit d’image : ©The New York Public Library; Astor, Lenox and Tilden Foundations.

[ Ψ 蛇足 ]
一般的に演劇・オペラ等の観劇のシーズンも秋から始まり冬を越して初夏に終わる。「芸術の秋」という言葉に惹かれる人間の感性に自然に合致するサイクルかも知れない。新しいシーズンを前に出し物についての予定が語られるのはいつの時代も恒例だ。
この年のオペラ座の目玉はマスネの「アリアーヌ」(Ariane, 1906)だった。「マノン」「タイス」「ウェルテル」など、すでに数々のオペラの傑作を世に出していたマスネは、今や押しも押されもせぬ大作曲家の一人であり、一昨シーズンの「ケルビーノ」(Chérubin,1905)(関連Blogはこちら)の成功を受けて今回も大いに期待されていたようで、姉妹誌の「ムジカ」の臨時増刊号として「マスネ」を大特集した号が発売されたほどである。

この年のオペラ座の支配人は、元バス歌手でもあったペドロ・ゲラール(Pedro Gailhard, 1848-1918)であり、「ファウスト」のメフィストや「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロ役が稀代の名演とされた。彼の本名はピエールというが、愛称のペドロで親しまれた。1885年から1907年まで断続的にオペラ座の支配人を務めたが、ちょうどシャルル・ガルニエの設計によるオペラ座が1875年に完成した直後の時代で、19世紀後半のフランス歌劇の傑作も多く生み出された時期である。(↑画像掲載)

映画やミュージカルでも有名なガストン・ルルー(Gaston Leroux, 1868-1927)作の小説『オペラ座の怪人』(Le Fantôme de l’Opéra, 1910)は、まだそれほど古びてはいないオペラ座の建物や設備で不思議な事件や現象が起きるという俗説を巧みに取り込んだ伝奇小説であるが、その中にもこの実在した支配人ゲラールのことが出てくる。(以下に引用:)
「・・・ところがである。問題のその消防係副主任(*)は、奈落にちょっと見回りに出かけ、どうやらいつもよりも遠くまで足をのばしたらしいのだが、突然に青ざめ、おびえきって、がたがた震えながら飛び出さんばかりの目をして舞台に戻ってくるや(・・・)半ば気を失ってしまったのだ。その理由は?頭の高さで、胴体もないのに、炎に包まれた頭が自分に向かって進んでくるのを見たからなのだ!・・・」
(* 原注) 私はこの話をオペラ座の元支配人ペドロ・ゲラール氏からも、やはり実話として聞いている。
                    ガストン・ルルー作、三輪秀彦・訳、『オペラ座の怪人』第1章より(創元推理文庫)
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by utsushihara | 2006-09-12 16:34 | オペラ、音楽、演劇1905-06

芸術家のラントレ(2)音楽家たち

f0028703_17264156.jpg1906年9月

サン=サーンスはピアノを世界一周させた。(前列右:世界各地へも自分のピアノを船に積んで旅行した。)直近の関連記事はこちら:サン=サーンスの新作オペラ「祖先」(1906.02.24) また旅行家である彼の側面については、「サン=サーンスの墓」という秀れたサイト中の 異邦人"シャルル・サノワ氏"を参照されたい。

マスネは「アリアーヌ」、霊感に富むアリアーヌである。(前列左:オペラ座でこのタイトルで新作を発表予定。アリアーヌ、別名アリアドネは赤い糸で恋人を助ける。)

ドビュッシーは災難に遭っている。(後列左:この頃人妻エンマ・バルダック夫人との同棲が公然となり、前年には二人の間に娘クロード=エンマが生まれている。捨て置かれた正妻ロザリーがピストル自殺を図り、弾は胸に当たったが一命を取り留めた。この事件がスキャンダルとして彼は非難を浴びていた。)

アレクサンドル・ジョルジュの「ミアルカ」は見やれるか。(後列左から2番目:前年11月に初演されたこのオペラの異風俗の憂愁美に大衆は魅了されていた。)これに関連するBlogの記事はこちら:「ミアルカ」の初演(1905.11.07)

フォーレは改革者である。(1年前にパリ音楽院の院長に就任している。)これに関連するBlogの記事はこちら(1905.06.13)

アンドレ・メサジェは燭台を音楽にした。(後列右端:オペラ・コミック座でこのタイトルの新作が掛かる予定。)

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.20; OCT. 1906
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by utsushihara | 2006-09-08 17:26 | オペラ、音楽、演劇1905-06

マスネの新作「ケルビーノ」初演

f0028703_222715.jpg1905年2月14日(火)

ジュール・マスネの新しい作品が2月14日モンテカルロの劇場で初演された。台本はアンリ・ケンとフランシス・ド・クロワッセの両氏だが、2年前にテアトル・フランセ座で一度だけ架けられたフランシス・ド・クロワッセの同名の戯曲とそれほどかけ離れたものではないという。華やかな演出と完璧な管弦楽と合唱、そして素晴らしい歌唱だったと各紙は語っている。出演は、メアリー・ガーデン(ケルビーノ)、リナ・カヴァリエリ(アンソレイャド)、マルグリット・カレ(ニーナ)、モーリス・ルノー(哲学者)ほか。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905

[ Ψ 蛇足 ]
マスネのオペラは日本では「マノン」「ウェルテル」「タイス」ぐらいしか知られていないだろう。「ケルビーノ」も美しい旋律の楽しい作品だが、原題のChérubin(シュリュバン)の人名がなじみがなく、むしろイタリア名の「ケルビーノ」に言い換えたほうが親しみやすいので英米でも邦盤CDでもそうしているようだ。
内容は、「フィガロの結婚」の舞台を連想させる貴族の社交界の小話。主人公のケルビーノは、フィガロの伯爵夫人に恋をするお小姓の延長線上にある。筋を追えばたわいないドタバタ喜劇だが、登場人物の多さと華麗な舞台は、見れば楽しいかもしれない。

「プチ・ガルニエ」サイトのマスネ作品紹介
(あらすじ:日本語)

「ケルビーノ」のポスターと作品紹介
(仏語)
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by utsushihara | 2005-02-14 22:26 | オペラ、音楽、演劇1905-06