フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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by utsushihara | 2010-02-28 18:03

サンフォニア(フランス音楽)演奏会

1910年2月27日(日)

***アンリ・ビュッセル著(Henri Busser, 1872-1973)「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用 [第10章] 1910年2月27日:

《サンフォニア》(Symphonia)で、フランス音楽の演奏会。これが私たちの言わば『白鳥の歌』となる。友人フェルナン・アルファンの「ハ短調のシンフォニー」が本当の成功を博する。彼はガブリエル・フォーレの熱心な門弟で、極めて強くその影響を受けている。
エルネスト・ショーソンのヴァイオリンとオーケストラのための「詩曲」(Poème)も成功。ヴァイオリン・ソロ奏者のフォレストが、巧みに演奏する。ミシュリーヌ・カーンが、自由自在な名人芸を惜しみなく発揮して、私の「ハープのための演奏会用作品」(Pièce de concert pour harpe et petit orchestre, op.32)を奏する。彼女はシャルル=マリ・ウィドールの「主題と変奏」も弾く。私はウィドールに指揮をゆずっていた。彼は自作の「スペイン序曲」と「4月の物語」の組曲も指揮する。シャルル・マックス夫人が、ジョルジュ・ユーとウィドールの歌曲をすばらしく歌う。

[ Ψ 蛇足 ]
《サンフォニア》(Symphonia)とは、この1910年初めに企画された自国フランスの作曲家による管弦楽作品を網羅する定期演奏会の名称である。日曜日の管弦楽コンサートは伝統的に、パリ音楽院管弦楽団やコロンヌ管弦楽団、ラムルー管弦楽団などで続けられてきたが、独墺伊ではなく、自国の作曲家の作品に限って演目に取り上げようという新たな企画であった。これには普仏戦争の敗戦後40年が経過し、フランスにおける産業・文化・経済の発展に伴って、《失地回復》を望む愛国的な機運の高まりも背景にあったように思う。

上述でちょっと気になる《これが私たちの言わば『白鳥の歌』…》というくだりがある。1914年の大戦勃発まであと4年のことであるが、あとから著者のビュッセルが回想して述べたもので、事実、彼の友人の作曲家アルファンはこのときの成功が最後の花となった。この時代の音楽家で戦争の犠牲となった人々は少なくない。

f0028703_2384574.jpg(←画像)フェルナン・アルファン(Fernand Halphen, 1872-1917)は裕福な銀行家の家系に生まれ、10歳のときからフォーレの指導による音楽活動を始めた。パリ音楽院ではエルネスト・ギローおよびマスネに作曲を学び、同僚としてフロラン・シュミット、レイナルド・アーンなどがいる。上記の著者アンリ・ビュッセルとも親しかった。
作曲家として知られ、唯一の「交響曲ハ短調」はパリとモンテカルロで演奏され、好評を得た。その他に管弦楽のための「シチリア組曲」(Suite sicilienne)、パントマイム「アゴゼイダ」(Hagoseida)、バレエ「牧羊神の目覚め」(Le Réveil du faune)、一幕物歌劇「花飾りの角笛」(Le Cor Fleuri, 1904)がある。
しかし彼はこのあと第一次大戦に陸軍大尉として出征し、1917年に45歳で戦死する。彼はパリ北郊シャンティイ付近に広壮な城館を建てて住まいとしたが、現在は「シャトー・モン=ロワイヤル」ホテル(Château Mont-Royal)として使用されている。
今のところ彼の作品で聴けるCDは歌曲・室内楽集のみである。楽譜はIMSLPで「ヴァイオリン・ソナタ嬰ハ短調」(Sonate pour piano et violon en ut# mineur)を見ることができる。フォーレの直弟子と言われるからには、曲想はフォーレやショーソンに通じるものがあるように想像する。

*画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica
*参考サイト:
(1)Wikipedia(英文)Fernand Halphen
(2)IMSLP: Violin Sonata (Halphen, Fernand)
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by utsushihara | 2010-02-27 23:07 | オペラ、音楽、演劇1909-10

*(夢の記録)「カニダの体重計」

*アフリカの乾いた土地にある部落でのこと。大きな岩の上にあがって、凸凹しているところで体重を計ることになった。足場が不安定だなと思いつつ、片言というよりも必死に仏単語を羅列した。(いつもこうして単語を苦心して思い出す夢ばかりである)
「メジュレ」(mesurer=測定する)、「ル・ポワ」(le poids=体重)、「アパレィユ」(appareil=器具)のつもりで言うと、集まっていた部落の老若男女が口々に「カニダ、カニダ!」と叫んで、小ぶりで黒い石の置物のようなものを持ってくる。体重計だという。少々重いが、よく見ると蟹の形に彫ってある。「あ、これ、日本製ですよ。」と教えてやる。下に置いて狭い台に両足をそろえて乗り、腕を広げてバランスをとりながら計測する。部落民が見守る中、グルッグルッと音がする。
すると隣から家人の声がした。「イビキがうるさい。」
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by utsushihara | 2010-02-26 13:53

オペラ座でレイナルド・アーンのバレエ「テレーズ公妃の祝宴」初演

1910年2月16日(水)

***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用
[第10章] 1910年2月20日:
オペラ座で、レイナルド・アーンのバレエ「テレーズ公妃の祝宴」(La Fête chez Thérèse)の総試演。ヴィクトル・ユゴーの詩にカチュル・マンデスが脚本を書いたもの。優雅なオーケストラが流す快活な音楽。レイナルドはその中に巧みにピアノを挿入している。カルロッタ・ザンベリとアイーダ・ボニの2人が、このソワレの魅力ある主役であって、熱烈な歓迎を受けた。

f0028703_2375488.jpg[ Ψ 蛇足 ]
レイナルド・アーンのバレエ「テレーズ公妃の祝宴」(La Fête chez Thérèse)は、ルイ=フィリップ時代の華やかな貴婦人たちの集いを題材にしたもので、もともとユゴーが書いた詩に基づいていたという。第2幕の題名が《 La Fête galante chez la Duchesse Thérèse 》となっており、本来の意味が理解できた。

レイナルド・アーン(Reynaldo Hahn, 1874-1947)はやや擬古典的な和声と甘美な旋律で注目され、若くしてすでに人気を確立していた。ビュッセルの記述では総試演が2月20日となっているが、初演の記録は16日となっている。従って、総稽古は一週間前の13日の記憶違いと思われる。

カルロッタ・ザンベリ(Carlotta Zambelli, 1875-1968)とアイーダ・ボニ(Aïda Boni, 1880-1974)は、当時のオペラ座バレエ団のエトワールの双璧であった。《エトワール》(Danseuse étoile)という呼称はトップ・バレリーナの意味かと思っていたが、ダンサーの中でも最高級の技芸を備えた人だけに与えられる特別な呼称であることがわかった。

*参考サイト:
(1)Reynaldo Hahn(仏語)
(2)Wikipedia(仏語)Carlotta Zambelli
(3)Wikipedia(仏語)Aïda Boni
(4)Wikipedia(仏語)Étoile (ballet)
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by utsushihara | 2010-02-20 23:03 | オペラ、音楽、演劇1909-10