フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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マリアーニの「現代著名人の顔」第11巻刊行

f0028703_17535586.jpg
1908年4月

いよいよ「現代著名人の顔」第11巻が刊行される。今後現代史に興味を持つ誰彼の書棚に威厳をもって納められるに違いない。この美しい一巻は見事に編集された76人の現代有名人の肖像からなる。文学や芸術のみならず外交、軍事、宗教、医科学、法曹の各分野からマリアーニ社に、今や世界的に有名となったその独特なワイン飲料に関する賛辞や推奨の一文が寄せられているのである。
これで11巻目となる「現代著名人の顔」は、すでに1000人を超える現代を代表する著名人の殿堂であり、各人の略伝や肖像画、あるいは自筆の原稿、デッサンなどが盛り込まれている。これほどまでの数の著名人を集めることができたのは、マリアーニとそのワインに具わる奇跡の力であろう。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288060 « Le Figaro » le 15 Avril, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #205991 « Figures contemporaines » Tome.XI, Avril, 1908
http://gallica.bnf.fr/document?O=N205991
http://gallica.bnf.fr/notice?N=FRBNF30883147

f0028703_17493057.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
アンジェロ・マリアーニ(Angelo Mariani, 1834-1914)はコルシカ島出身の化学者で、当初は薬局で働いていたが、ボルドー・ワインにコカの葉を加えたトニック飲料「マリアーニ・ワイン」(Vin Mariani)を商品化した。これが19世紀末から20世紀初頭にかけて爆発的な人気となり、欧州全体に広まった。この人名録「現代著名人の顔」(Figures contemporaines)は、マリアーニ・ワインの広告のため、各界の著名人にひと言書いてもらったものを集大成したもので、各人ごとに略伝風の紹介記事が充実しているのと、むしろ《選考基準》は自由なだけに、他の類似する「紳士淑女名鑑」とは一味違った面白味がある。掲載したのは、各人の名前の上に関連するモダンなイラストが必ず添えられている一例である。(画家のムニエ Meunier のもの)
BNF-Gallica(上記↑)では、12巻のうち10巻ほどがデジタル化されて閲覧できる。ただしここで言えるのは、当時の著名人が必ずしも歴史的な重要人物にはなりえなかったという事実である。この人名録の優れた点は編集者が文筆家でも知られるオクターヴ・ユザンヌ(Octave Uzanne, 1852-1931)であったためでもある。リジュー市電子図書館(la Bibliothèque électronique de Lisieux)のサイトでは、マリアーニのための愛書家向け短篇集(Collection Mariani)が何点か読むことができる。イラストもロビダなど斬新的な画家を採用している。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(仏語)Angelo Mariani
(2)「Somniferumの魔法植物庭園」:おやつ(コカコーラの元祖ヴァン・マリアーニ)
(*一見妖しげな表示のページだが、コカを使ったワイン飲料についてよく説明されている)
(3)La Bibliothèque électronique de Lisieux:Collection Angelo Mariani

[余談の余談]: 日本のサイトの多くでは「ビン・マリアーニ」と表記する人が多い。せめて「マリアーニ・ワイン」にしてほしかった。誤った表記がコピーされて広まったものだろうか?

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by utsushihara | 2008-04-29 17:45 | 文芸、評論1907-08

1908年春のサロン展(8)リデルの「夕暮の夢想」

f0028703_17522626.jpg1908年4月

ルイ・リデル氏の「夕暮の夢想」(Rêveries du soir)は、秋の夕暮の水辺の風景の中で愛を語らいながら散歩する男女の姿を描く最も美しい作品の一つである。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.41; Juin, 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN : Cote cliché : 97-017599- ©François Vizzavona
Titre : Le Bois d'Amour (exposé au Salon des Artistes Français de 1908) / Auteur : Louis Marie Joseph Ridel (1866-?) / Localisation inconnue

[ Ψ 蛇足 ]
ルイ・リデル(Louis Ridel, 1866-19??)の作品は、明らかにフランス18世紀のワトーやブーシェの描いた庭園で愛を語る男女の姿をそのまま20世紀に表現したものに思える。従ってそこには何の新鮮味も風雅さもない。ただしいつの時代になっても変わらぬ愛を語る風景と華やいだ心情が見て取れる。RMNのデータでは画題が「愛の木立」(Le Bois d'Amour)になっている。リデルの別の作品も倉敷の大原美術館に所蔵されている。

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by utsushihara | 2008-04-28 17:46 | 美術、彫刻1907-08

パリ音楽院の定期演奏会(サン=サーンス、ラロ)

f0028703_21233955.jpg1908年4月26日(日)

パリ音楽院の4月26日(日)午後2時からの演奏会の曲目は下記の通りとなっている。指揮者はジョルジュ・マルティ氏である。(写真→)
①サン=サーンス(Saint-Saëns):交響曲第3番ハ短調(Symphonie en ut mineur, No.3)
②ラロ(Lalo):チェロ協奏曲(Concerto pour violoncello):チェロ独奏アンドレ・エケン氏(André Hekking)
③メユール(Méhul):歌劇「エジプトのヨセフ」(Joseph en Egypte)抜粋:独唱プラモンドン氏(Plamondon)
④メンデルスゾーン(Mendelssohn):劇音楽「真夏の夜の夢」(Le Songe d’une nuit d’été)からスケルツォ(Schezo):フルート独奏エヌバン氏(Hennebains)
⑤ボロディン(Borodine) :歌劇「イーゴリ公」(Le Prince Igor)から「ポロヴェッツ人の踊りと合唱(ダッタン人の踊り)」(Danse polovtsienne avec choeurs)

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288068 « Le Figaro » le 23 Avril, 1908
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN

[ Ψ 蛇足 ]
毎日曜日の午後のパリ音楽院の演奏会(Concerts du Conservatoire)は、この当時3大音楽会(Les Grands Concerts)として、コロンヌ管弦楽団、ラムルー管弦楽団共々、パリの人々に親しまれてきた。指揮者は音楽院教授のジョルジュ・マルティ(Georges Marty, 1860-1908)が1901年からつとめてきた。彼はこの半年後の10月に48歳で世を去ることになる。
演奏会場は当時パリ音楽院があったパリ9区の聖セシル街とコンセルヴァトワール街の交差する場所にあった。サン=ラザール駅近くの8区マドリッド街に移転するのは1911年になってからのことである。

*参考サイト:HD tracks : The Orchestre de la Société des Concerts du Conservatoire(英文)
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by utsushihara | 2008-04-26 21:21 | オペラ、音楽、演劇1907-08

ベルリン・フィルのパリ公演(1908)

1908年4月26日(日)

来たる4月26日の昼と27日の夜の2回、シャトレ座において開かれるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会は、リヒャルト・シュトラウス氏による指揮も相まって、今季のパリ音楽界における最大の出来事の一つとなるだろう。ベルリン・フィルは知っての通り、ドイツで最高のオーケストラである。

下記は1回目のガラ・コンサートのプログラムである。4月26日(日)午後2時30分シャトレ座:
①ベルリオーズ(Berlioz):序曲「リア王」(Ouverture du « Roi Lear »)
②ベートーヴェン(Beethoven):交響曲第7番イ長調 (Symphonie numéro 7 en la majeur)
③R.シュトラウス(R.Strauss):交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」(Till Eulenspiegel)
④ワーグナー(R.Wagner):楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲(Prélude de « Tristan et Yseult »)
⑤ワーグナー(R.Wagner):楽劇「パルシファル」から聖金曜日の音楽(Enchantement du vendredi saint de « Parsifal »)
⑥ウェーバー(Weber):歌劇「オベロン」序曲(Ouverture d’ « Obéron»)

愛好家の方々は、復活祭の休み明けでは座席の確保が困難となるので、今のうちに予約を申し込むことが望まれる。受付:ルイ・ル=グラン街32番地。
f0028703_22221284.jpg

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288060 « Le Figaro » le 15 Avril, 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN : Cote cliché : 08-508292- © ADAGP / RMN / Hervé Lewandowski
Titre : Le chevalier aux fleurs (tiré de Wagner, Parsifal)Description : avant 1894
Auteur : Georges Antoine Rochegrosse (1859-1938)Localisation : Paris, Musée d'Orsay

[ Ψ 蛇足 ]
引用した画像は、ワーグナーの「パルシファル」から着想を得た「花の騎士」(ロシュグロス作)

**これまでの関連記事france100.exblog: リヒャルト・シュトラウスによるリヒャルト・シュトラウス(1908.03.22)

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by utsushihara | 2008-04-26 17:25 | オペラ、音楽、演劇1907-08

ルイーズ・グランジャンのオペラ座復帰

f0028703_17473025.jpg1908年4月25日(土)

ルイーズ・グランジャン嬢は25日夜、「ユグノー教徒」でオペラ座に復帰する。かつて舞台であれほどまでに素晴しい成功を収めたこの優れたソプラノ歌手は、オペラ座の新体制になって以来は一度だけ、しかも風邪をひいた仲間の歌手の代役として急遽登場したのみであった。オペラ座の観客は彼女の大いなる才能を間違いなく祝福することだろう。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288069 « Le Figaro » le 24 Avril, 1908
画像 Crédit d’image : ©CMN: Ministère de la Culture de France (Médiathèque du Patrimoine et de l'Architecture) Archives photographiques diffusion RMN

[ Ψ 蛇足 ]
ルイーズ・グランジャン(Louise Grandjean, 1870-1934)はオペラ座の花形歌手であったが、バイロイト音楽祭でブリュンヒルデを歌うために一時期パリから離れていたようだ。(本来はライバルのリュシエンヌ・ブレヴァルに話があったが、彼女が断ったので、ルイーズ・グランジャンが代わりに赴いた)
「ユグノー教徒」(Les Huguenots)はマイアベーアの代表的な歌劇の一つで、19世紀半ばには頻繁に上演されていた。聖バルテルミーの虐殺事件を背景にした長大な作品で、マルゴ王妃も出てくる。

*参考サイト:Historic Opera: Singers - G-2 : Louise Grandjean(英文)
**これまでの関連記事france100.exblog:「魔弾の射手」の再上演(1905.10.27)

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by utsushihara | 2008-04-25 17:43 | オペラ、音楽、演劇1907-08

1908年春のサロン展(7)J.-P.ローランスの大壁画「音楽」

f0028703_16164892.jpg1908年4月

巨大な作品である。最下部のオーケストラの上に、音楽に巻き上げられるように様々な象徴的な人物像が激しくうごめき、その中央に音楽の巨人たるベートーヴェンの銅像が描かれている。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.41; Juin, 1908

[ Ψ 蛇足 ]
画像が不鮮明で残念だが、「フランス&フランス語圏ベートーヴェン協会」(ABF : L'Association Beethoven France et Francophonie)のサイトの中でこの絵の所在が判明できた。(↓)フランス南西部アルビ(Albi)に近いカストル(Castres)という地方都市の市立劇場に壁画として飾られている。上記のサロンの記事では「音楽」(La Musique)となっているが、「ベートーヴェン礼賛」(Hommage à Beethoven)とも称されている。
ジャン=ポール・ローランス(Jean-Paul Laurens, 1838-1921)は、トゥールーズ出身の画家で、アカデミスムの伝統を忠実に受け継いだ端正な歴史画で名声を確立した。

*参考サイト:
(1)Beethoven à Castres, Tarn:カストル市立劇場の壁画&細部説明(仏語)
(2)Wikipedia(仏語)Jean-Paul Laurens
(3)松本さんのBlogzine「発見記録」:カイヨワと『ジュミエージュの苦刑者』(2006.05.24)
**これまでの関連記事france100.exblog:1906年春季展(サロン)Ⅱ-5:「トゥールーズの岸辺」(1906.03-04)ローランスの親友アンリ・マルタンの絵

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by utsushihara | 2008-04-25 16:17 | 美術、彫刻1907-08

1908年春のサロン展(6)ランドフスキの彫刻「建築」

f0028703_1758271.jpg1908年4月

ポール・ランドフスキ作の石造彫刻「建築」(寓意像)は政府から発注を受けて制作された。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.40; Mai, 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN : Cote cliché : 97-008852- ©François Vizzavona
Titre : L'Architecture (exposé au Salon des Artistes Français de 1908) / Auteur : Paul Landowski (1875-1961) / Localisation inconnue
f0028703_17584274.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
ポール・ランドフスキ(Paul Landowski, 1875-1961)は、ポーランド系フランス人の彫刻家でサロンの常連になっていた。左右に掲載した画像のように右ひざを立てているのと左ひざを立てているのとの違いがある。どちらかが写真の裏焼きだったと思われる。ただし現在、この作品「建築」(L’Architecture)の所在は不明となっている。

**これまでの関連記事france100.exblog:サロン出展作の表彰(IV-2):「カインの息子たち」(1906.06.05)

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by utsushihara | 2008-04-24 17:56 | 美術、彫刻1907-08

アンドレ・ド・ロルドとシャルル・フォレーの新刊

f0028703_17213055.jpg1908年4月

(←)アンドレ・ド・ロルド氏は「サロンでの劇の演じ方」(Pour jouer la Comédie de salon)と題する社交界で劇を演じる場合の実用的な指南書を出した。
f0028703_17221181.jpgシャルル・フォレー氏は「コーワ」(Kowa)と題する米国を舞台とする劇的な波乱万丈の新作小説を発表した。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.41; Juin, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288068 « Le Figaro » le 8 Avril, 1908

[ Ψ 蛇足 ]
アンドレ・ド・ロルド(André de Lorde, 1871-1942)は、グラン・ギニョル座のために身の毛もよだつような恐怖劇を書いた。
f0028703_17243240.jpgシャルル・フォレー(Charles Foley, 1861-1956)もロルドの共作者の一人であり、劇作のほか、上掲(↑)のような通俗冒険小説を書いた。この作品はピエール・ラフィット社刊のため「ジュセトゥ」でも大きく宣伝していたが、現在では完全に忘れ去られている。

この1908年春、グラン・ギニョル座では次の5本立ての恐怖劇が連日のように公演されていた。
①「鯉」(Le Cyprin):作者不明
②「苦悶」(L'Angoisse):ピエール・ミル(Pierre Mille)とセーリア・ドヴィラール(Ceylia de Vylars) 共作
③「ハンプトン・クラブの夜」(Les Nuits du Hampton-Club):アンドレ・ムエジー=エオン(André Mouëzy-Éon)作、原作スティヴンソン(after Robert-Louis Stevenson)
④「横やり」(Les Bâtons dans les roues) :ロベール・デュードネ(Robert Dieudonné)作
⑤「ドナデュー家の人々」(Les Donnadieu):モーリス・ド・フェローディ(Maurice de Féraudy)とジャン・コル(Jean Kold)共作

**これまでの関連記事france100.exblog:グラン・ギニョル座の劇作家アンドレ・ド・ロルド(1907.04)「電話にて」(Au téléphone, 1902)シャルル・フォレー(Charles Foley)との共作

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by utsushihara | 2008-04-23 17:20 | 文芸、評論1907-08

米国ブライアークリフ自動車レース

f0028703_1883086.jpg1908年4月22日(水)

米国ブライアークリフにおける自動車レースは4月22日全長416kmの曲り角の多い悪路で争われた。優勝はイタリアのイゾッタ車(Isotta)に乗ったルイス・ストラング氏で記録は5時間14分13秒24だった。フィアット車のセドリーノ氏は2着に終った。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288060 « Le Figaro » le 15 Avril, 1908

[ Ψ 蛇足 ]
この自動車レースは悪路コースの耐久レースとして注目された。米伊仏独などの22台が出走した。フランスからはルノー(Renault)とパナール(Panhard)の2社が参加した。下記のサイトによれば、米国で初めての国際自動車レースだったようだ。ブライアークリフ(Briarcliff)はニューヨークからハドソン川沿いに北上したヨークタウン(Yorktown)の手前にある。

*参考サイト:April / May 1999 Feature; 1908 Briarcliff-to-Yorktown Stock Car Race(ヨークタウン歴史協会のサイト:英文)
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by utsushihara | 2008-04-22 18:06 | スポーツ、乗物、探検1907-08

滑稽雑誌「笑おう」の創刊

f0028703_11355989.jpg1908年4月

笑いは、それがまともで率直であるならばそれ以上有用で健康に良いものはない。誰が読んでも可笑しく愉快で楽しい雑誌は久しく待望されていたが、このたびアシェット社が創刊する新しい雑誌「笑おう」は大いに期待できるものとなった。当代の著名な画家や作家から寄せられたあらゆる種類の愉快さ、風刺画、絵空事、笑い話、喜劇などが盛り沢山の雑誌である。もはや言うまでもないが、創刊号にはトリスタン・ベルナールの新作喜劇やアベル・フェーブル、アルベール・ギヨーム、カランダッシュなどのイラストが掲載されている。発売後わずか2日間で15万部が売れた「笑おう」の成功は、「万人の読書」(Lectures pour tous)の発売部数に匹敵する勢いとなっている。これら2種類の雑誌の有益な読書と笑いはあらゆる家庭にもたらされるだろう。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288060 « Le Figaro » le 15 Avril, 1908

f0028703_11364239.jpg[ Ψ 蛇足 ]
「笑おう」(Rions)は珍しい書名である。昔の新聞雑誌の販売サイトとして知られる chapitre.com によれば「笑い」(Le Rire)という絵入り週刊新聞が19世紀末から出されていて有名であり、この「笑おう」のほうはほとんど続かなかったように思われる。「笑い」のような滑稽雑誌に類似した現れては消える新聞雑誌も少なくない。
<笑い>は老若男女の万人向けよりも、例えば古株の「笑い」(Le Rire)は大人向けの週刊紙として長続きしたように、世代や性別によって好まれる話題も様々であろうから困難な企画だったかもしれない。

*参考サイト:Chapitre – revues anciennes; Parutions de “Le Rire” en 1907
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by utsushihara | 2008-04-21 11:34 | 文芸、評論1907-08