フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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パリ=オルレアン鉄道会社の新型車両

f0028703_23405635.jpg1908年3月

パリ=オルレアン鉄道会社では、このたびパリ~ボルドー間とパリ~ナント間の昼間の急行列車の一等車に最新の改良を施した新型車両を導入し、旅客に最高の快適さを提供できると見込んでいる。この車両は全長26.5mで、もともと6人掛けの一般車室3つ分と連絡通路だったのをハンガリーのトネリコ材で喫煙室(画像→)に仕上げた。これは婦人向けの喫茶室(↓)とともに列車の中間部に配置されている。また書店も車内に設けられ、走行中に旅客に本や新聞を販売する。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.40; Mai, 1908

f0028703_23413391.jpg[ Ψ 蛇足 ]
パリ=オルレアン鉄道会社(La Compagnie du Chemin de fer de Paris à Orléans)はフランス国鉄(SNCF)の設立(1938)前までのフランスの六大鉄道会社のうちの一つであり、19世紀の中頃にパリ~オルレアン線での運行が最初である。鉄道網は急速に拡大し、パリ~ボルドー間が幹線の一つとなった。フランス六人組の作曲家の一人、アルトゥール・オネゲル(Arthur Honegger, 1892-1955)が作曲した交響的断章第1番「パシフィック231」(Pacific 231 – Mouvement symphonique No.1)は、当時この路線も走っていた蒸気機関車 Type 231- Pacific の勇壮な動きを即物的に描いたものとして有名である。

*参考サイト:Wikipedia(仏語)La Compagnie du Chemin de fer de Paris à Orléans (PO)
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by utsushihara | 2008-03-30 23:34 | スポーツ、乗物、探検1907-08

ベルエポックの画家ブーテ=ド=モンヴェル

1908年3月
f0028703_1173697.jpg

上掲(↑)の絵は挿絵画家として良く知られたルイ=モーリス・ブーテ=ド=モンヴェルの息子、ベルナールが版画展に出した感じの良い一作である。今回展示の彼の色彩版画は、父の後を追って彼自身も社交界において愛好される装飾画家の一人となった証しとなっている。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.40; Mai, 1908
画像 Crédit photographique : ©RMN / reproduction RMN / François Vizzavona / Cote cliché : 99-012324 / Fonds : Photographies / Localisation : Paris, agence photo RMN, fonds Druet-Vizzavona
Titre : Versailles (exposé au Salon de la Société Nationale des Beaux-Arts de 1906)
Auteur : Bernard Boutet de Monvel (1884-1949)

[ Ψ 蛇足 ]
父親は、ルイ=モーリス・ブーテ=ド=モンヴェル(Louis-Maurice Boutet de Monvel, 1851-1913)は挿絵画家としても有名であった。息子のベルナール・ブーテ=ド=モンヴェル(Bernard Boutet de Monvel, 1884-1949)は当時まだ20代の若手画家だったが、父親ゆずりの才能を開花させ、20世紀初頭のベルエポック時代からアールデコ時代に至る典型的な装飾画家の一人として人気があった。f0028703_118841.jpg上掲の絵は社交界の風俗画としては好ましい一作であるが、この「ジュセトゥ」5月号(No.40)でしか確認できず、焼失もしくは廃棄されてしまったものかも知れない。(←)類似したテーマの作品として「ヴェルサイユ」(Versailles)という絵画の写真が残っている。1906年のサロンに出展されたものだが、これまた所在不明となっている。
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by utsushihara | 2008-03-29 11:06 | 美術、彫刻1907-08

ラロ作曲のバレエ「ナムーナ」の再演

1908年3月27日(金)

(「フィガロ」3月21日付の記事から)
オペラ座では「ナムーナ」の総稽古を来週3月26日(木)に決定した。翌金曜日が再演初日となる。このエドゥアール・ラロのバレエがオペラ座で初演されて以来、ちょうど26年半となる。完全に忘れ去られていた作品の再演までにかくもすみやかに進められるまでにはかなりの労力が必要だった。支配人のメサジェ、ブルッサン両氏の指示により演出がやり直され、振付が修正され、舞台装置や衣裳まで新調された。
f0028703_16404567.jpg
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288034 « Le Figaro » le 21 Mars, 1908
画像 Crédit d’Image:© BNF-Gallica : ”Namouna” 1er acte, 1er tableau; par Philippe Chaperon, Juillet 1881. / http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b7001124z

[ Ψ 蛇足 ]
エドゥアール・ラロ(Edouard Lalo, 1823-1892)の家系は、スペイン国境に近いバスク地方の出身だった。北仏リール生まれながらその音楽には情熱的な一面を感じさせるものが多い。作曲が一般に認められたのは50歳を超えた1870年代以降になってからだった。
上掲(↑)の画像は「ナムーナ」の原型となった同名の劇作品の舞台装置画と思われる。フィリップ・シャプロン画。
「ナムーナ」(Namouna)はオペラ座バレエ団からの注文で、リュシアン・プチィパの振付で初演されたが、斬新だったためか極めて不評で、ほとんど埋没されていた。初演当時、ドビュッシーやフォーレが絶賛したことでも知られ、恐らくメサジェも同意見だったはずで、今回の再演に至ったのだろう。下記のとおり、現在では主要なバレエ団のレパートリーに入っている。
初演の直前にラロが病気で動けなくなり、グノーが手助けして楽譜を完成させた話は他でも読んだことがある。

***アンリ・ビュッセル著「パリ楽壇70年」、©池内友次郎・訳編、音楽之友社刊より引用:
[第10章] 3月30日:オペラ座でエドゥアール・ラロの舞踊曲「ナムーナ」。極めてユニークな音楽性を有する作品。友人ラロが重病になったとき、グノーが、すばらしい熟練で書きあげたオーケストラ編成。・・・この総譜は、わがバレエ曲目の宝石の一つである。しかしながら、これは不当にも忘れ去られている。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(和文)エドゥアール・ラロ
(2)「白の組曲」:東京バレエ団初演:1997年10月04日音楽:エドゥアール・ラロ (「ナムーナ」からの抜粋)
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by utsushihara | 2008-03-27 16:38 | オペラ、音楽、演劇1907-08

パリ西北郊外コロンブで国際クロスカントリー大会(1908)

f0028703_14134375.jpg1908年3月26日(木)

3月26日、パリ西北郊外コロンブの競技場で開催された国際クロスカントリー大会には、フランス、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの各国チームが参加した。個人の部では、イングランドのロバートソン(Robertson)が優勝し、団体の部でもイングランド・チームが24点で覇者となった。フランス選手の第一人者ラグノー(Ragueneau)は4位の成績だった。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.40; Mai, 1908

[ Ψ 蛇足 ]
コロンブの競技場(Stade de Colombes)の周回コースでクロスカントリー(Le Cross-Country)のレースとは、少々奇妙な感じもする。

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)クロスカントリーのフランス選手権大会(1907)(1907.03.03)
(2)「屋外生活」杯クロスカントリー国際大会(1906.01.21)

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by utsushihara | 2008-03-26 14:11 | スポーツ、乗物、探検1907-08

独皇帝のヴェネチア訪問

f0028703_1755875.jpg1908年3月25日(水)

イタリア国王ヴィットーリオ=エマヌエーレ3世は、3月25日ヴェネチアにドイツ皇帝ウィルヘルム2世を出迎えた。独皇帝は、皇妃と最年少の2人の王子を同伴していた。市内のあらゆる家々はドイツとイタリアの国旗で飾られた。王宮で昼食会が催され、両国の同盟の強固さを祝福する乾杯が繰り返された。独皇帝一行は「ホーエンツォレルン」号にてヴェネチアを後にした。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.40; Mai, 1908
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by utsushihara | 2008-03-25 17:04 | 独墺バルカン情勢1907-08

「ムジカ」誌の「オッフェンバック」特集号

f0028703_14182877.jpg1908年3月

当社の音楽専門誌「ムジカ」は天才的なオペレッタ作曲家として知られたオッフェンバックのための特集号を発行する。名だたる執筆者として、リュドヴィック・アレヴィ、クロード・テラス、レイナルド・アーン、アンリ・ド・キュルゾン、ノジエール、ジョルジュ・プロック、ジャック・ブランドジョン=オッフェンバックなどが挙げられる。さらに大オッフェンバックの手になる未発表の原稿や珍しいイラストも含まれ、まさに愛蔵版である。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.40; Mai, 1908

[ Ψ 蛇足 ]
ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach, 1819-1880)の主要なオペレッタ作品群は、彼の死去とともに20世紀初頭にはほとんど上演される企画がなくなり、忘れ去られそうになっていた。1908年になって初期のオペレッタ「ジュヌヴィエーヴ・ド・ブラバント」(Geneviève de Brabant)が再演されると急に人気が復活してきた。特集号が組まれたのもそうした風潮を感じてのことだったのだろう。オッフェンバックを描いた風刺画(caricature)は非常に多い。
上記の執筆者の最後に、ジャック・ブランドジョン=オッフェンバック(Jacques Brindejont-Offenbach)という人がいるが、オッフェンバックの孫に当たり、評伝を書いたり、オッフェンバック作品の再演を働きかけたりする活動をしたようだ。

*参考サイト:Wikipedia(和文)ジャック・オッフェンバック
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by utsushihara | 2008-03-24 14:16 | オペラ、音楽、演劇1907-08

ヴァンサン・ダンディの自作自演、交響詩「山の夏の日」

1908年3月22日(日)

3月22日午後3時からのラムルー管弦楽団の演奏会では、ヴァンサン・ダンディ氏が指揮者として、ラムルー管弦楽団としては初演となる自作の交響詩「山の夏の日」をはじめ、ショーソン、バッハ、モーツァルト等の演奏をおこなう。曲目は下記の通りとなる:
①シューマン(Schumann):「マンフレッド」序曲(Ouverture « Manfred »)
②ショーソン(E. Chausson):交響詩「ヴィヴィアヌ」(« Viviane », poème symphonique)
③ダンディ(V. d’Indy):交響詩「山の夏の日」(« Jour d’Été à la montagne », poème pour orchestre en trois tableaux) 1.明け方(Aurore) 2. 昼-松林の午後(Jour – Après-midi sous les pins) 3.夕べ(Soir)
④バッハ(J.S.Bach):ピアノ、ヴァイオリンとフルートのための協奏曲ニ長調(Concerto en ré majeur, pour piano, violon et flûte)
⑤モーツァルト(Mozart):交響曲第40番ト短調(Symphonie en sol mineur, No.40)
会場はラ・ボエシ街45番地のガヴォー楽堂(Salle Gaveau)である。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288032 « Le Figaro » le 19 Mars, 1908
f0028703_1740932.jpg画像 Crédit photographique : ©RMN / Franck Raux / Cote cliché : 00-018776 / Fonds : Photographies
Titre : Vincent d'Indy (1851-1931), compositeur français / Auteur : Charles Reutlinger, photographe / Localisation : Paris, Musée d'Orsay / Acquisition : don de la Fondation Kodak-Pathé, 1983

[ Ψ 蛇足 ]
(画像→)ヴァンサン・ダンディ(Vincent d’Indy, 1851-1931)もまた1908年には盛んに指揮台に立つことが多かったようだ。彼の作品には「山」に関連するものが多いような気がする。同じ日にリヒャルト・シュトラウスの音楽会がぶつかったが、好みの問題でこちらを選んだ人も少なくなかっただろう。

④の曲は調性から推測すると「ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調BWV.1050」と思われる。独奏者は、ピアノがブランシュ・セルヴァ(Blanche Selva, Pf)、ヴァイオリンがスーダン(Soudan, Vn)、フルートがデシャン(Deschamps, Fl)だった。

**これまでの関連記事france100.exblog: 「ムジカ」誌の先進音楽コンサート(1907.12.09)

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by utsushihara | 2008-03-22 17:38 | オペラ、音楽、演劇1907-08

リヒャルト・シュトラウスによるリヒャルト・シュトラウス

f0028703_1762830.jpg1908年3月22日(日)

来たる3月22日(日)午後2時30分からのシャトレ座におけるコロンヌ管弦楽団の演奏会では、ドイツの秀れた作曲家リヒャルト・シュトラウス氏の指揮による自作品ばかりが演奏される。曲目は下記の通りである:
①歌劇「グントラム」(Guntram)Op.25から第1幕への前奏曲(Prélude du 1er acte)パリ初演
②歌曲「ひそやかな誘い」(Heimliche Aufforderung)Op.27-3 *
③歌曲「セレナード」(Ständchen)Op.17-2 *
④交響詩「死と変容」(Mort et Transfiguration, poème symphonique)Op.24
⑤家庭交響曲(Sinfonia Domestica)Op.53(4つの楽章が切れ目なしに演奏される) 
⑥歌曲「夜」(Die Nacht)Op.10-3 *
⑦歌曲「私の思いのすべて」(All’meine Gedanken)Op.21-2 *
⑧歌曲「献身」(Zueignung)Op.10-1 *
⑨サロメの踊り(Danse de Salomé)
上掲の中で5つの歌曲( * )については、ウィニャフスキー夫人の歌唱、作曲者自身のピアノ伴奏となる。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288032 « Le Figaro » le 19 Mars, 1908
画像 Crédit d’image : Wikimedia Commons; Image:Strauss3.jpg

[ Ψ 蛇足 ]
リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss, 1864-1949)は19世紀末までに管弦楽曲、器楽曲における自身の代表作のほとんどを作りあげていた。1905年の「サロメ」の成功により、歌劇/楽劇の分野へ興味が移っていく。まだ40代の若さである。

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)プッチーニによるシュトラウス論、ドビュッシー論(1908.03.03)
(2)オペラ「サロメ」のパリ初演(1907.05.06)
(3)「サロメ」の初演(ドレスデン)(1905.12.09)

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by utsushihara | 2008-03-22 17:01 | オペラ、音楽、演劇1907-08

野獣派(フォーヴ)への揶揄や嘲笑

1908年3月20日(金)

独立派(アンデパンダン)のサロンの招待会は、昨日(20日)一日中、クール=ラ=レーヌの会場に展示された革新的な画家たちによる7000点もの多少とも衝撃的な作品を見ようと押しかけた人々で賑わいをみせた。
しかもこの革新的な画家たちは、四旬節の祝祭の最中に、官展の責任者である芸術担当大臣のデュダルダン=ボーメツ氏がこの会場を公式に訪れ、110の展示室を見て回ることを非難することなく、ごく穏やかに迎えたのである。
ところでこの日で最も大きな人気を博したのは《野獣派の部屋》であった。その場所がどこにあるかを探す必要はない。そこに飾られている作品を見た人々が爆笑したり、身をよじっているのですぐにわかるからである。
昨日デュダルダン=ボーメツ氏に同伴したある医学アカデミーの高名な医師は次のように語った。「今回こそ我々は鬱病の確かな治療法を見つけたよ。患者を独立派(アンデパンダン)のサロンの《野獣派の部屋》に送りこめば十分だ。」
この招待会の一日は、芸術家と諧謔家(フュミスト)のどちらにとっても成功であった。
f0028703_22372711.jpg
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288034 « Le Figaro » le 21 Mars, 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN / Cote cliché : 96-005443 - © Gérard Blot
Titre : Hyde Park / Auteur : André Derain (1880-1954) Localisation : Troyes, Musée d'Art moderne

[ Ψ 蛇足 ]
《野獣派の部屋》(Salle des Fauves)と言い表わされたフォーヴィスムの画家たちに対する評判を伝える記事がフィガロの第1面の片隅に載っているのを見つけた。官選の「サロン」の開催の数日前のことである。思えば「印象派」の画家たちも官選には洩れてしまい、独立派展(アンデパンダン展=Salon des Indépendants)としてサロンに対抗して開催を続けていた。その中に独特の強烈な色使いをするフォーヴィスム(Fauvisme)の一派が現れたのはこのあたりからのようだ。上記の記事には、代表格のマティスのマの字も見当たらない。つまり《野獣派の部屋》の画家たちは一把一絡げのグループとしてしか認められなかったのがわかる。

(↑)上掲の画像は、フォーヴィスムの特徴である強烈な色彩表現を打ち出したアンドレ・ドラン(André Derain, 1880-1954)の1906年頃の作品「ハイド・パーク」である。この年に展示された作品かどうかはわからない。(当時はまだそこまで言及されていない)

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by utsushihara | 2008-03-21 22:26 | 美術、彫刻1907-08

「音楽のつどい」(セルクル・ミュジカル)の演奏会

1908年3月20日(金)

2週間前に素晴しい成功をもたらした「音楽の集い」(Cercle Musical)の演奏会は、明日(20日)金曜日の午後6時からクリシー街51番地のフランス写真協会の会場で、3年目のシーズン最後となる8回目の公演が行なわれる。
出演は、ジェルメーヌ・ル=センヌ嬢、モントゥ=バリエール女史、アンリエット・ルニエ嬢、フィリップ・ゴーベール氏、レーヌ氏、およびその見事な表現で高い評価を誇るフィルマン・トゥシュ弦楽四重奏団が加わる。
曲目は下記の通りとなっている:
①フェルナン・ル=ボルヌ(Fernand Le Borne):弦楽四重奏曲ハ短調(Quatuor à cordes en ut mineur):フィルマン・トゥシュ弦楽四重奏団
②フィリップ・ゴーベール(Philippe Gaubert):フルートのための4つの小品(Quatre pièces pour flûte):フィリップ・ゴーベール(Fl)の自作自演
③(a)スカルラッティ(Scarlatti):パストラーレ(Pastorale):モントゥ=バリエール(Pf)(4曲とも)
 (b)パラディージ(Paradisi):トッカータ(Toccata)
 (c)シャルル・ドメルグ(Charles Domergue):セレナード(Sérénade)
 (d)ブラームス(Brahms):ラプソディ第2番(Deuxième Rhapsodie)
④フィリップ・ゴーベール(Philippe Gaubert):3つの歌曲(Trois Mélodies):ジェルメーヌ・ル=センヌ(MezSop)
⑤ブラームス(Brahms):ピアノ、ヴァイオリン、ホルンのための三重奏曲 (Trio pour piano, violon et cor):モントゥ=バリエール(Pf)、フィルマン・トゥシュ(Vn)、レーヌ(Hr)
⑥アンリエット・ルニエ(Henriette Renié):二つの交響的断章(Deux pièces symphonique):アンリエット・ルニエ(Hrp)
特に最後の曲は、女流ハープ奏者として注目されるアンリエット・ルニエ嬢の作曲したもので、ゴーベール氏の指揮による管弦楽団との共演となる。入場券は、デュラン、グリュスの楽譜店と劇場チケット窓口で取扱っている。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #288032 « Le Figaro » le 19 Mars, 1908
画像Crédit d’image:©BNF-Gallica:http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b77209111

[ Ψ 蛇足 ]
ジェルメーヌ・ル=センヌ(Germaine Le Senne)はメゾ・ソプラノ歌手で、後年オペラ座で「サロメ」に出る。詳細は不明。
フェルナン・ル=ボルヌ(Fernand Le Borne, 1862-1929)はベルギーのシャルルロワ出身の作曲家。
モントゥ=バリエール(Mme Monteux-Barrière):ピアニストだが、ピエール・モントゥーの親族かもしれない。未詳。
フィルマン・トゥシュ(Firmin Touche, 1875-1957):当時カペー四重奏団と比肩されるトゥシュ四重奏団を組んでいた。
f0028703_175259100.jpgアンリエット・ルニエ(Henriette Renié, 1875-1956):女流ハープ奏者(レニエRéniéと誤記される場合もある)
フィリップ・ゴーベール(Philippe Gaubert, 1879-1941):フランスのフルート奏者の巨匠の一人。(画像→)

*参考サイト:Wikipedia(和文)
(1)フィリップ・ゴーベール
(2)アンリエット・ルニエ

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)「ムジカ」誌の先進音楽コンサート(1907.12.09) アンリエット・ルニエ、フィリップ・ゴーベール
(2)フェミナ劇場の豪華コンサート(1907.05.07)  フィルマン・トゥシュ

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by utsushihara | 2008-03-20 17:45 | オペラ、音楽、演劇1907-08