フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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国会議員の報酬改定

1906年11月30日(金)

11月22日から30日にかけての国会審議において、ボードン議員から提出された議員報酬改定法案が可決された。これにより1871年以来、年額9600フランに決められていた国会議員の報酬は15000フランに引き上げられる。上院においても追認された。
欧州各国の歳費に関する調査資料によると、わが国の議員が最も優遇されていることが掲載した比較図によっても明らかである。イタリアとスペインの国会議員は無報酬である。
f0028703_2216989.jpg
出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
この雑誌での記事は「お手盛り採決!」と通例新聞で騒ぐほど攻撃的ではないが、1フランが400円程度として換算すれば6百万円となる。これが年額であるなら「妥当の範囲」と言えるのかも知れない。図の国は左から、フランス、ハンガリー、オランダ、ベルギー、ドイツ、ギリシア、スウェーデン、イタリア、スペインの順。
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by utsushihara | 2006-11-30 17:45 | フランス政治社会1905-06

ニューヨークの電気機関車

f0028703_17425179.jpg1906年11月

米国ニューヨークでは今後、高架鉄道用に蒸気機関車の製造を取り止めることが決定的となった。その代わりとなるのが電気機関車である。電力は郊外に建設される工場から供給される。しかし前もってナイアガラ瀑布で作られ、電線で転送された電気によって動くことも可能である。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
煤煙の多い蒸気機関車から電気機関車に代わった時は、日本においては戦後しばらくしてからの頃であるが、時代が大きく変革する象徴でもあった。現代ではSLに乗って面白いのは束の間の異次元体験のためであり、常用することは当然ながら誰も考えない。
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by utsushihara | 2006-11-29 17:41 | スポーツ、乗物、探検1905-06

ドイツで火薬工場爆発

f0028703_1814945.jpg1906年11月28日(水)

ドイツのウェストファーレン州ウィッテンとアンネンの中間にあるロブライト火薬工場が11月28日爆発を起こした。爆発したのはその工場で作っていた無煙火薬約21トンで、40人が死亡し、150人が負傷した。損害は6百万フランに上る。アンネンの村では爆風で一軒残らずなぎ倒された。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
ウィッテン(Witten)はドイツ西部の工業地帯に位置し、19世紀後半以降炭鉱の採掘に世界的に広く使用されたロブライト(Roburit)無煙火薬の製造地で有名だった。
*参考サイト:(英文)Wikipedia Witten
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by utsushihara | 2006-11-28 18:12 | ドイツ情勢1905-06

コレットの新パントマイム「ロマニシェル」

f0028703_15225665.jpg1906年11月

オランピア劇場の支配人ポール・フランク氏は、コレット・ウィリー女史による新作パントマイム「ロマニシェル」の公演を開始した。そこでも若々しく刺激的な女芸人はその極めて独創的な才能をあらわにしている。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.22; NOV. 1906
画像 Crédit d’image : ©Le site officiel de l'Université de Napierville UdeNap.org

[ Ψ 蛇足 ]
画像はポール・フランクとパントマイムを演ずるコレット。出し物の「ロマニシェル」(La Romanichelle)は「ジプシー女」の意味だが、この「ロマニ」だけでもすでに蔑視的な単語だという説もある。野性味あふれる身体表現を意図したのだろうか。
11月27日は下記サイトの記述によると、この出し物を「芸術スポーツ・サークル」の舞台で演じた日とされる。そこで観ていた公爵令嬢マティルド・ド・モルニー(通称ミッシー)がやがてフランクに代わって男役で「ロマニシェル」の舞台に立ち、コレットとの関係を深めて行くことになる。物議をかもす接吻事件まであとわずかである。

*参考サイト:© SCÉRÉN – CNDP, L’illusion scandaleuse par Nicolas Maget(仏語論文)
**前の関連記事Blog:コレットのパントマイム(1906.02)
***参考文献:河盛好蔵『フランス文壇史』「コレットのミュージック・ホール時代」文藝春秋新社
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by utsushihara | 2006-11-27 15:17 | オペラ、音楽、演劇1905-06

ロパルツの交響曲第3番

f0028703_1844192.jpg1906年11月25日(日)

国立ナンシー音楽院長ギィ・ロパルツ氏は11月25日音楽院のコンサートで合唱付きの美しい交響曲第3番ホ長調を演奏した。この曲はクレセント音楽賞を獲得している。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
ギィ・ロパルツ(Guy Ropartz, 1864-1955)については名前をおぼろげに知っていただけで、しかも別人のオペレッタ作曲家と混同していたが、もっと真面目な作曲家で、遅れてやって来たフランク門下生と称された。東部のナンシー音楽院で院長を務めるかたわら作曲を続けた。(何も知らないので某区立図書館でCDを所蔵しているのを早速借りに行きます。気に入ったらちゃんとCDを買います。)

*参考サイト:
(1) フランスのギィ・ロパルツ協会のサイトAssociation Guy Ropartz(仏語)
(2) 日本でロパルツに着目した数少ないサイト(shiraさんという方が作成)Hommage à J. Guy Ropartz
(3) 膨大な「知られざる近代の名匠たち」のサイト:Rの作曲家 Ropartz(日本語:CD解説あり)
(4) ロパルツのナンシーでの活動の記念記事Joseph Guy Ropartz : Nancy à l'honneur(仏語)
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by utsushihara | 2006-11-26 18:38 | オペラ、音楽、演劇1905-06

練習艦「アルゲシラ」号炎上

f0028703_1754217.jpg1906年11月25日(日)

11月25日の真昼、トゥーロンの港内に繋留されていた練習駆逐艦「アルゲシラ」号が炎上した。艦内に搭載していた魚雷は爆発した。水兵2名が犠牲となった。出火原因はまだ明らかにされていない。「アルゲシラ」号は1855年に就役しており、艦隊の中では最古参の船であった。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
この月にはなぜか海難事故が特にトゥーロン付近で多発したのがわかる。
練習艦「アルゲシラ」号(Algésiras)は、モロッコ国際会議が開かれたスペインのアルヘシラスから採ったものだが、フランスの艦船なのでスペイン語ではなくフランス語読みにした。実際最後の s を読んだかどうかは定かでない。(女流ピアニストのMartha Algerichがアルゲリッチ、アルゲリチか、アルヘリッチ、アルヘリチなのか?で検索も大きく分断されてしまうのは困りものだ)
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by utsushihara | 2006-11-25 17:51 | 科学、軍事、海事1905-06

パリの格闘技大会(1906)

f0028703_15462334.jpg1906年11月

毎年11月にはパリに格闘技の勇者たちが集結する。今年は3カ所のミュージック・ホール(Les Music-Halles)で同時期にそれぞれの優勝杯をめざして試合が開催された。
まず中軽量級で争われるパリ・グランプリ杯(Le Grand-Prix de Paris)は、シルク・メトロポールで開かれ、期待のフランス人ガンビエを破ってスイス人モーリス・ドゥリアが優勝した。
カジノ・ド・パリで行なわれたカジノ杯(Le Tournoi du Casino)ではゲオルグ・ルリチが、そしてフォリ・ベルジェールで行なわれた世界チャンピオン杯(Le Championnat du Monde)では昨年の優勝者ロシア人のイワン・パドゥニー(Ivan Padoubny, 1871-1949)が連覇を遂げた。
f0028703_1549363.jpg
出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.23; DEC.1906 & No.24; JAN.1907

[ Ψ 蛇足 ]
これらの闘士たちはその後オリンピックの種目として採り入れられた「レスリング競技」で活躍するとともに興行的にも各地で戦った。画像はペトロフ(右)と戦うパドゥニー(左)(←も)
彼は、身長198cm、体重116kgの巨漢だった。
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by utsushihara | 2006-11-24 15:53 | スポーツ、乗物、探検1905-06

ラ・セイヌ造船所で火災

f0028703_2271497.jpg1906年11月23日(金)

11月23日未明、国内最大規模のラ・セイヌ製鉄・造船所が火災となり、その大半が焼け落ちた。出火原因はまだ判明していない。大きな損害の中でもとりわけ惜しまれるのは数多くの艦船の設計図が焼失したことである。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
ラ・セイヌ・シュル・メール(la Seyne-sur-Mer)は南仏の軍港で知られるトゥーロンの湾内にある町で1835年に最初の鋼鉄船の造船所が開設されて以来、フランスのみならず世界で最も知られた造船所の一つとなった。このときの火災について詳述された記事はあまり見あたらない。
*参考サイト:La ville de la Seyne-sur-Mer Histoire (ラ・セイヌ・シュル・メールの歴史;仏語)
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by utsushihara | 2006-11-23 22:07 | 科学、軍事、海事1905-06

大型客船「ウィルヘルム大帝」号の衝突事故

1906年11月22日(木)

11月22日の夜間、大西洋横断航路をニューヨークに向かっていたドイツの大型客船「ウィルヘルム大帝」号は、英国の汽船「オリノコ」号に衝突された。この汽船はシェルブール港の停泊地に向かって航行していた。「ウィルヘルム大帝」号は甚大な損傷を負い、5人の犠牲者を出した。
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出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907
画像Crédit d’image : © Maritime Quest; Kaiser Wilhelm der Große

[ Ψ 蛇足 ]
画像はニューヨークに入港する「ウィルヘルム大帝」号(Kaiser Wilhelm der Große:カイザー・ヴィルヘルム・デア・グロース)。この汽船はちょうど10年前に就航していたが、就航当時は最速航行の記録を樹立したことで有名である。
米国と欧州を結ぶ大西洋航路は19世紀後半から20世紀初頭にかけて移民や貿易の拡大により急速に脚光を浴びた。各船舶会社間で最新鋭の高速船を開発・建造を競い合うことになり、最速の記録を打ち立てた船に「ブルー・リボン賞」(Blue Riband)を表彰することになった。当初は英国が独占していたが、ドイツのウィルヘルム2世が国威発揚の号令をかけ、1897年に祖父の名前「ウィルヘルム大帝」(Kaiser Wilhelm der Große)を冠した初の4本煙突の汽船を竣工させ、同年11月に東行き航路(米→欧)、翌1898年に西行き航路(欧→米)の最速記録を出し、ドイツが「ブルー・リボン賞」を独占する時代の幕開けとなった。この20世紀初頭では所要日数は5.5日間、平均速度が23ノットだった。

*参考サイト
(1)英Wikipedia ブルー・リボン賞: Blue Riband リボンの原語が « Ribbon » ではなく « Riband » という表記なのが気になる。(仏語では普通に « Ruban bleu » である)
(2)The Great Ocean Liners : Kaiser Wilhelm der Große (英文)
**前の関連記事Blog:世界最大の客船「アメリカ」号(1905.11.15)
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by utsushihara | 2006-11-22 18:31 | 科学、軍事、海事1905-06

論客アンリ・ロシュフォールの手相&星占い+筆跡占い

f0028703_18442573.jpg1906年11月

[ 手相と星占い ](アンリ・ロシュフォール)

1831年1月30日正午生まれ。水瓶座のもとに生まれたが、金星が支配している。十二宮の印からは攻撃的な精神を、またその主星からは人生と美に対する愛を受けている。神秘学的な徴候は他者を引きつける支配力を示している。手は大きく厚ぼったく見えるが指は平らではない。これらはすべてむしろ好戦的というよりも想像力豊かな性格を示している。それにしても手のひらの大きさが目立つ。そこには意思と弁舌に現れるに違いない闘争の趣向がある。この人物は説教者か文筆家であるが、孤立することができず、群衆の声に合わせて共鳴することを好む。立派な太陽線は美しい物事への愛を物語る。木星丘は人気を得ることを示す。土星線は他者を容赦しない。水星丘は線で横切られている。こうした多様な線の交叉は、批判的で皮肉な精神構造で観念と思考の変容を巻き込んでいる。この手は実用的な価値が完全に欠落している。お金の価値を理解できないに違いない。確かに人が良く、忠実で、大雑把であるが、また軽信と疑念からは遠ざかっている。
この手は語るべきことが多すぎる!ケルト族の手であり、繊細であると同時に力強い手である。
過去は確かに波乱に満ちていた。現在も活動的だが、未来は異様にも不確かである。(占者:ド・テーブ夫人)
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[ 筆跡占い ]
これまでに鑑定した中で最も雄弁な署名である。線の堅さと活力、多くの点書きは、動き、エネルギー、精神、独立性、情熱を示す。
筆致は大胆さと尊大な愛他主義がある。特徴のある[ f ]は上向きで挑戦的、[ t ]の横棒はすべての名だたる喧嘩好きと同様に剣の刃のようである。全体的には非常に好感が持てる。(占者:ロシュタル氏)

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.22; NOV. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
アンリ・ロシュフォール(Henri Rochefort, 1831-1913)はドレフュス事件で右翼と反ユダヤ陣営で論陣を張った人物である。
**前の関連記事Blog:
(1)ドレフュス事件の再審(1906.06.15)
(2)ドレフュス事件、第2回目の再審(1906.07.12)
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by utsushihara | 2006-11-21 18:44 | フランス政治社会1905-06