フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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今月の決闘事件

f0028703_14173758.jpg1905年8月26日(土)

元陸軍第78歩兵連隊中尉のモーリス・ユエ氏は、リモージュ駐屯部隊の数人の士官たちに対して侮辱的なあてこすりを自作の小説で書いたために今回の決闘の主人公となった。最初は剣でカディオ中尉と対決し、軽い傷を負わせた。次は8月26日、第78連隊の元大佐のサバティエ将軍とのピストルでの決闘だった。弾丸が一発ずつ発射され、双方とも無傷で終わった。

別の真剣勝負がフェンシングの世界では良く知られた二人の人物によって行われた。ブリュノー・ド・ラボリ氏とジャック・ブーランジェ氏である。後者はたて続けに腕と手に傷を受ける結果となった。

出典:BNF-Gallica #102977 « Je sais tout » No.8; Sep. 1905
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by utsushihara | 2005-08-26 14:23 | フランス政治社会1905-06

オランジュ音楽祭(1905)

f0028703_14111216.jpg1905年8月5日(土)~7日(月)

フランス音楽愛聴協会の主催によるオランジュ音楽祭が8月5日から7日にかけてオランジュの古代劇場で開催され、3回のガラ公演があった。最初はベルリオーズの「カルタゴのトロイ人たち」(Les Troyens à Carthage)で出演はリトヴィンヌ女史(Litvinne)、シャッサン女史(Chassang)、ルスリエール氏(Rousselière)、ラモンドン氏(Ramondon)だった。
次の日は、アリゴ・ボイト(Arrigo Boïto)の「メフィストフェレ」(Méphistofele)で、リナ・カヴァリエリ(Lina Cavalieri)とシャリアピン(Chaliapine)が歌い、人気にかなった完璧な歌唱で会場は熱狂の嵐となった。
3日目はルイーズ・シルヴァン女史(Louise Silvain)とマイユ女史(Maille)のアリア集のほかに、ギリシア悲劇のソフォクレスの「オイディプス王」(Oedipe-Roi)の第2幕を名優ムネ=シュリー(Mounet-Sully)がその人柄そのままの真剣味のある悲劇的な役作りで魅了した。
いずれの公演でもエドゥアール・コロンヌ氏(Edouard Colonne)が素晴らしいオーケストラの指揮をし、また舞台はラウール・ギュンズブール氏(Raoul Gunsbourg)による的確で重厚な演出であった。

出典:BNF-Gallica #102977 « Je sais tout » No.8; Sept 1905

[ Ψ 蛇足 ]
夏のオランジュ音楽祭は100年以上も前から開催されていた。そうそうたる演奏家・声楽家・俳優が集っていて壮観である。上掲(↑)は「メフィストフェレ」の一場面で、右手からカヴァリエリ、コロンヌ夫人、立っているのはシャリアピンかもしれない。
f0028703_14105338.jpgここで特に言及したいのは、ソプラノ歌手リナ・カヴァリエリ(Lina Cavalieri, 1874-1944)である。1905年2月のモナコの歌劇場での公演では、マスネの新作オペラ《ケルビーノ》(仏語名:シェリュバン)に登場しているし、おそらくこの時期が彼女の最高の人気を誇っていたのではないかと思う。(←)

日本では大当たりにはならなかったようだが、1955年イタリアで作られ、ジーナ・ロロブリジーダが主演した映画の題名が「美女の中の美女」(La Donna piu bella del mondo) という。その説明によれば、20世紀初め欧米各地で評判を呼んだイタリア出身の美人ソプラノ歌手リナ・カヴァリエリの波乱の生涯を描いた一篇だそうで、イメージ検索できる写真から見ても驚くほどの美貌である。「この美女を見よ!」と、どうしても言いたくなって柄にもなく宣伝してしまった。こういう美女をすっかり忘れ去ることができるなんて時間は何と冷酷なのであろうか!と我を失って叫んでしまうのは恥ずかしながら・・・

*参考サイト:
(1)Wikipedia(英文)Lina Cavalieri
(2)MovieWalker 「美女の中の美女」1955年東和配給:話の筋の真偽のほどはともかく波乱万丈の映画である。
(3)Lina Cavalieri : The Life of Opera's Greatest Beauty (Amazonで入手可能)

**これまでの関連記事france100.exblog:マスネの新作「ケルビーノ」初演(1905.02.14)
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by utsushihara | 2005-08-05 14:07 | オペラ、音楽、演劇1905-06

夭折作家ケルロンの遺作出版

f0028703_14143535.jpg1905年8月

「野の少女セリーヌ」は、昨年6月に24歳で死去した作家ピエール・ド・ケルロン(Pierre de Querlon, 1880-1904) の遺作となった小説である。彼はそれまで4点の作品を出していたが、非常に独創的な文才を示し、真の作家であった。このたび出版された「野の少女セリーヌ」(Céline, fille des champs)は農家に生まれた一人の少女の話にすぎない。小都市に出て小間使いとなり、やがて農村にもどり牛飼いと結婚する。描かれるすべてが羨ましいほどの簡潔さで語られている。ピエール・ド・ケルロンは見たものを正確に描く。芸術家の魂と、人々の心に入り込んでゆく眼差しを持っている。情趣と言葉の使い方で彼はフランス作家の正統な系列に加えられる。同時代の作家で言えば、ギィ・ド・モーパッサンか、エミール・プーヴィヨンか、ジュール・ルナールに例えられる。彼がフランス文学界からあまりにも早く立ち去ってしまったことはまことに残念である。

出典:BNF-Gallica #102977 « Je sais tout » No.8; Sep. 1905

[ Ψ 蛇足 ]
天才的な才能を示しながら早世してしまう作家は、どの国にも、またいつの時代にも少なくない。現在ではラディゲほどの知名度はないものの、当時は注目されていたのがわかる。例えにあげられたプーヴィヨン(Emile Pouvillon, 1840-1906)については、フランス南西部出身の作家で主として地方風俗を描いていた。ケルロンは版元であったメルキュール・ド・フランスを介してレミ・ド・グールモンとの交友もあったようだ。
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by utsushihara | 2005-08-02 14:13 | 文芸、評論1905-06

新聞協会の宝くじ

1905年8月1日(火)f0028703_1471791.jpg

8月1日午前9時、クレディ・フォンシエにおいて第1回新聞協会宝くじの抽籤会が行われ、クレディ・フォンシエの頭取モレル氏、パリ新聞記者協会のメズレール会長ほかの諸氏が列席した。
最初の抽籤器は直径約30センチのもので中に1番から100番までの番号が入っている。2番目の抽籤器は直径1メートル以上もあり、中に番号札の入った15,000もの銅製の容器が収められている。児童養護施設の2人の子供が各等の抽籤ごとに次々と番号を引き出した。
1等の100万フランを当てたのは番号札2174番を持っていたオファ夫人で、スダンにある第28竜騎兵連隊の酒保の女将である。
20万フランはアルマンティエールの会社員クーザン氏、10万フランはビアリッツのチョコレート屋ドミニク夫人であった。

出典:BNF-Gallica #102977 « Je sais tout » No.8; Sep. 1905
画像Crédit d’image : © Le Petit Journal, supplément illustré; du 13 août, 1905

[ Ψ 蛇足 ]
宝くじの1等賞だけは、どこでもダントツの金額だが、この時代での100万フランは途方もない金額のように思う。
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by utsushihara | 2005-08-01 14:07 | フランス政治社会1905-06