フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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スペイン国王に対する爆弾テロ

f0028703_15325131.jpg1905年5月31日(水)

5月31日の夜半過ぎ、0時20分にスペイン国王を標的とする無政府主義者のテロ攻撃があった。オペラ座で催されたガラ公演のあと、スペイン国王アルフォンソ13世とルーベ大統領を乗せた馬車がローアン街からリヴォリ街に出ようとしたとき、背後から爆弾が投げつけられた。この2人には危害が及ばなかったが、警護の15人のうち、鉄騎兵1名と憲兵4名がかなりの傷を負った。また国王の馬車の左側にいた大尉の乗った馬は、爆発とともに飛び上がり、腹が裂かれたために倒れて死んだ。

スペイン国王に対して企てられたテロ攻撃は、パリ在住のスペイン人無政府主義者によるものであったが、下準備はバルセロナで行なわれた。すでに5月26日に予防措置としてパリ警察はモンマルトルに住んでいる無政府主義者の3人のスペイン人と1人の英国人を逮捕した。しかし5人目にあたるファラスという男は追及の手を逃れ、おそらくこの犯行に至ったものと思われる。しかも爆弾は1発だけではなく、不発だった2発目が現場のローアン街で回収された。中には雷酸水銀(起爆剤として使われる)150gが含まれていた。
f0028703_15331946.jpg
出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.6; Juillet, 1905
画像Crédit:Le Petit Journal illustré du 11 Juin, 1905

[ Ψ 蛇足 ]
画像は、プチ・ジュルナル6月11日号およびローアン街の爆弾テロで死んだ馬(6月1日午前4時撮影)

** 新潮文庫「ジイドの日記」第1巻、新庄嘉章・訳、1905年5月31日より引用:
(・・・)オペラ通では(王が特別上演がすんだのち、外務省に帰られるためにここを通られることになっていた)、群集が刻々に詰めかける。とうとう、私は苦しくなって、ここを逃げ出し、回り道をして、フランス座の広場に行った。ここはそれほど人はこんでいない。間もなく真夜中である。(・・・)馬車は間もなくやってくるであろう。私はフランス座の柱廊の一本の柱によじ登った。(・・・)この場所から、爆弾の音がはっきり聞こえた。それは人が言っているよりはずっと小さな音だ。私のそばにいた多くの人は、花火の音にちがいないと思いこみ、またそう主張していた。(・・・)私にはなかなか事件を《真実のことと思い》たがらない癖があるが、この時もやっぱりそうだった。(・・・)私は恐怖と、戦慄と、それから一種の狂熱で満たされた。(・・・)ただ、涙が眼にあふれてくるのには困った。(・・・)

[ ΨΨ 蛇足の蛇足 ]
この雑誌は、その日の夜から迅速に行動したフランス警察の成果を次のように伝えている:
翌6月1日、警察は無政府主義者としてよく知られた編集者兼文筆家のシャルル・マラト(Charles Malato)氏を逮捕した。理由は、バルセロナから発送された爆薬の詰まった鉄球を自宅に保管し、パリでそれに起爆剤を充填したと認められたためである。
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by utsushihara | 2005-05-31 15:28 | フランス政治社会1905-06

有栖川宮パリ到着

f0028703_16495074.jpg1905年5月14日(日)

5月14日、日本の有栖川宮とそのお妃がパリに到着した。宮様はミカドの命によりドイツ皇太子の結婚式に出席することになっている。
彼は日本の皇帝の従弟にあたり、皇室に親戚関係のある十大宮家の筆頭として直系の皇位継承者に不都合があれば彼が皇位に上る可能性もある。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.6; Juillet, 1905

[ Ψ 蛇足 ]
この記事の有栖川宮とは第10代の威仁親王(1862-1913)のことである。ドイツの皇太子の結婚に極東の日本から皇族が出席するのは珍しいニュースだったのだろう。この人は若くして英国留学も行い、大津事件になったロシア皇太子の訪日には接待役も務め、海軍大将でもあった。
Wikipedia(和文)有栖川宮威仁親王(ありすがわのみや たけひとしんのう)が詳しい。
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by utsushihara | 2005-05-14 16:48 | 日露戦争、東洋事情1905-06