フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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サダヤッコのキモノ

f0028703_10314729.jpg日本の部屋着(ローブ・ド・シャンブル・ジャポネーズ)

このキモノは形、布地、縫製ともに日本で用いられているとおりの本物です。丈はリボンや細ひもやその他のベルトで調節します。
サダ・ヤッコの着物は、幅広の袖とともにその裁断の簡素さ、独創性により大きな評判となり、室内で着る衣服としてはもっとも優美で過ごしやすいものとなっています。

金色入りの多色模様の縮緬キモノ・・・・・・12フラン
同上・二重織・・・・・・18フラン
絹襟の縮緬のキモノ(洗濯可)・・・・・・20フラン
同上・二重織・・・・・・28フラン
鶴柄の白いキモノ、祭事用、弔事用もあり・・30フラン
とても美しい長崎の絹の二重織キモノ・・・・65フラン
豪華な刺繍つきのキモノ・・・・・・150フラン~350フラン

ミカド呉服店、平和通り8番地
大口の注文はオペラ通り41番地まで

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.1; Fév. 1905

[ Ψ 蛇足 ]
西洋人が日本のキモノをどう着ようと何のコメントもできないのは、百年たっても変わらない。「どうぞご自由に」としか言いようがないのではないか。まして突出したバストが逆効果になるなどとは、口が裂けても・・・
(※参考:1フラン≒¥1000~3000)
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by utsushihara | 2005-02-27 10:30 | ※百年前の広告

マルセル・シュウォッブの死

f0028703_22334430.jpg1905年2月26日(日)

「フランチェスカ・ダ・リミニ」や「ハムレット」ほかの翻案や「少年十字軍」の台本で知られる作家マルセル・シュウォッブ氏は26日、40歳で死去した。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905
画像Credit : 評伝「マルセル・シュウォッブ、空想の人生」 Sylvain Goudemare : Marcel Schwob ou Les vies imaginaires; Edition du Cherche-midi (30 novembre 2000)

[ Ψ 蛇足 ]
1月の記事に「少年十字軍」の音楽劇のような作品が上演されたばかりだったが、その1ヶ月後に若くして世を去るのは惜しまれたかもしれない。鬼才ともいうべき筆致はむしろ近年になって高く評価されるようになったようだ。
日本でもひそかな愛好者が多い。シュウォッブの邦訳一覧はこちら↓
http://www3.tky.3web.ne.jp/~taqueshi/MS.html

松本さんの評論:マルセル・シュオッブ『架空の伝記』(畸人伝としての哲学)
また松本さんが紹介されていたシュウォッブの抜粋が読めるサイトは下記↓に変わっています。
La Revue Ressources: Dossier Marcel Schwob
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by utsushihara | 2005-02-26 22:31 | 文芸、評論1905-06

読み書きのできない新兵卒たち

f0028703_22305428.jpg1905年2月

パリではいまだにかなりの数の、しかも驚くべき多数の文盲がいる。最近徴募された新兵卒たち16,110人のうち、112人が完全な文盲で読むことも書くこともできず、また110人が読むことしかできないことがわかった。さらに569人は読み書きはできるが、簡単な算数の計算ができない。
左掲のイラストは、兵士の文盲率の大きさを一般人の率と比較したものである。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905

[ Ψ 蛇足 ]
illettré(イレトレ)は文盲の意味だが、この日本語は差別用語とされているようだ。だが文盲率という用語は統計にも依然として使用されている。
ある言葉に対して不快感を持つことが即その言葉を抹殺すべきだという議論にすぐ結びつくものかどうか。ここでは歴史・時代的な記事としてお許しいただきたい。
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by utsushihara | 2005-02-25 22:28 | フランス政治社会1905-06

シンプロン・トンネルの貫通

f0028703_15595212.jpg1905年2月24日(金)

2月24日の朝、正確には午前7時20分、シンプロン・トンネルの貫通が成就した。全長19,729mの世界で最大のトンネルであり、イタリア側のイゼル付近にあるトーチェ川の支流のディヴェリア渓谷に出ることになる。そこから15kmのドーモドッソラでシンプロン街道に合流し、ノヴァーレやミラノまで下って行く。
トンネルの内部は、線路はわずかな勾配(1mあたり7mm)で中央部から両側に下るように造られるが、これは排水を確保するためである。トンネルの北側はザルネ盆地に、南側はカイラスカ盆地に伸び、シンプロン峠から6km離れたモンテ・レオーネ山脈の下を抜けている。
翌25日に技術者と招待客たちがトンネル内部に入ったが、強烈な暑さのために道を引き返さざるを得なくなった。グラッシという技師が病院に運ばれたが死亡した。
出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905  画像Crédit : © Michelin 2005
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by utsushihara | 2005-02-24 15:58

ワンダ・ランドフスカの演奏会

f0028703_22281770.jpg1905年2月20日(月)

2月10日に続き20日にワンダ・ランドフスカ女史はプレイエル樂堂において、ピアノとピアノ・フォルテとクラヴサンによる演奏会を行った。彼女はJ.S.バッハと同時代の作曲家たちの作品を再生すべく取り上げている。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905


[ Ψ 蛇足 ]
ワンダ・ランドフスカ(Wanda Landowska,1879-1959) はポーランド出身のピアノ・チェンバロ奏者。当時26歳ですでにチェロのパブロ・カザルス同様、若くして名声を上げていたようだ。記事の中では、ピアノ、ピアノ・フォルテとわざわざ並記しているが、おそらくピアノとは、現代のグランドピアノで、ピアノ・フォルテとはこの時よりも更に百年ほど前のベートーヴェンやシューベルトの時代のピアノ、つまりハンマークラヴィーアのことだろうと推測する。彼女の演奏はCD化されて今でも聞くことができる。
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by utsushihara | 2005-02-20 22:27 | オペラ、音楽、演劇1905-06

マスネの新作「ケルビーノ」初演

f0028703_222715.jpg1905年2月14日(火)

ジュール・マスネの新しい作品が2月14日モンテカルロの劇場で初演された。台本はアンリ・ケンとフランシス・ド・クロワッセの両氏だが、2年前にテアトル・フランセ座で一度だけ架けられたフランシス・ド・クロワッセの同名の戯曲とそれほどかけ離れたものではないという。華やかな演出と完璧な管弦楽と合唱、そして素晴らしい歌唱だったと各紙は語っている。出演は、メアリー・ガーデン(ケルビーノ)、リナ・カヴァリエリ(アンソレイャド)、マルグリット・カレ(ニーナ)、モーリス・ルノー(哲学者)ほか。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905

[ Ψ 蛇足 ]
マスネのオペラは日本では「マノン」「ウェルテル」「タイス」ぐらいしか知られていないだろう。「ケルビーノ」も美しい旋律の楽しい作品だが、原題のChérubin(シュリュバン)の人名がなじみがなく、むしろイタリア名の「ケルビーノ」に言い換えたほうが親しみやすいので英米でも邦盤CDでもそうしているようだ。
内容は、「フィガロの結婚」の舞台を連想させる貴族の社交界の小話。主人公のケルビーノは、フィガロの伯爵夫人に恋をするお小姓の延長線上にある。筋を追えばたわいないドタバタ喜劇だが、登場人物の多さと華麗な舞台は、見れば楽しいかもしれない。

「プチ・ガルニエ」サイトのマスネ作品紹介
(あらすじ:日本語)

「ケルビーノ」のポスターと作品紹介
(仏語)
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by utsushihara | 2005-02-14 22:26 | オペラ、音楽、演劇1905-06

犬の救急車

f0028703_2222381.jpg1905年2月

ゴードン・ベネット社からの寄贈となる自動車が最近創設されたジュヌヴィリエの動物病院に特別配備された。電話の呼び出し一本で車はシャンゼリゼ大通り120番地より出発し、入院させたいと望む犬を迎えに行くことになっている。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905

[ Ψ 蛇足 ]
しばしばペットに対する扱い方は人間様以上であるのは、世の東西、今昔を問わない。写真の説明にも、「かわいそうなワンちゃんをジュヌヴィリエの病院に連れて行くための特別仕立ての自動車」とある。
ジュヌヴィリエ(Genevillier)はパリ北西郊外の町、セーヌ河畔でアルジャントゥイユの北隣にあたる。
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by utsushihara | 2005-02-13 22:21 | フランス政治社会1905-06

フランスの政教分離法案

f0028703_22202022.jpg
1905年2月10日(金)

教会と国家の分離に関する問題解決を推進するためにモルロ議員からの緊急動議を受けて採決が行われ、150票の賛成多数で可決された。政府はこの勧告を受け、予算案承認と軍事関連法案の審議の直後にこの問題の議論を進める委員会を開催する。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar.1905

[ Ψ 蛇足 ]
今なら教会と政治が分離しているのは理論上当然だが、過去のしがらみがなかなか変えられないのはどこの国でも同じようだ。また現在でも宗教的な背景をもった政党が活躍しているのも同じようなことかも知れない。
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by utsushihara | 2005-02-10 22:19 | フランス政治社会1905-06

アナトール・フランスの最新作と黄禍論

f0028703_22175946.jpg1905年2月

『白き石の上にて』(Sur la pierre blanche) これが最近出版されたアナトール・フランス氏の最新作のタイトルである。この大作家はとりわけ都市の未来、生活、風俗、社会問題などを洗練された筆致で描き出している。2240年におけるユートピア物語である。

出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar. 1905
図版の出典:BNF-Gallica #102976 « Je sais tout » No.2; Mar. 1905; Le Péril jaune より

[ Ψ 蛇足 ]
記事ではこのように書いてあったが、たまたま1月にあった記事の《 黄禍論 》に関連して『黄禍論とは何か』という本を参照してみた。その第4章「黄禍論にたいするフランスの視点」でアナトール・フランスのこの小説に言及する記述を見つけた。

「現在ロシアが満州で日本を相手に戦っている戦争は、もはや本来の意味での植民地獲得戦争ではない。なぜなら、植民地獲得戦争というのは、これまですべて、ヨーロッパ側が相手に対して優位に立つというのが定石だったからだ。」とアナトール・フランスは苦々しい皮肉をこめて語る。(瀬野文教・訳:ゴルヴィツァー著『黄禍論とは何か』)

「白禍が黄禍を作ったのですよ。この世界において神の正義としての存在が必然的に導く連鎖なのです。・・・日本は、これまで中国と朝鮮に厳しい姿勢をとりながらも、中国に対するヨーロッパ諸国の犯罪を償わせる目的でその復讐者の役となり、黄色人種の希望となるような気がします。」(写原祐二・試訳:Sur la Pierre blanche;Chap.IV)

いずれにしても日露戦争は、歴史的な意味で欧米諸国には大きな衝撃と反響を呼んだ事件だったと再認識する。《黄禍論》についてはさまざま角度からの多様な議論があり、必ずしも黄色人種に対する脅威もしくは蔑視だけではないようだ。また取り上げる機会が出てくるかもしれない。

◇参考文献
○ハインツ・ゴルヴィツァー『黄禍論とは何か』瀬野文教・訳1999年、草思社刊
 Heinz Gollwitzer : Die Gelbe Gefahr
○アナトール・フランス『白き石の上にて』権守操一・訳 1950年、白水社刊<長編小説全集11>
○Anatole France(1844-1924) Sur la Pierre blanche, 1905 Calmann Lévy, Paris
http://visualiseur.bnf.fr/Visualiseur?Destination=Gallica&O=NUMM-101910
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by utsushihara | 2005-02-06 22:15 | 文芸、評論1905-06