フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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カテゴリ:科学、軍事、海事1909-10( 32 )

ロックフェラー氏、医学のために百万ドルの寄付

1909年10月30日(土)f0028703_20383361.jpg

米国の大富豪ロックフェラー氏は、10月30日米国のある医学団体に百万ドルを寄付すると発表した。この団体は鉤頭虫によって引き起こされる病気の研究をしており、この病気の症状は「眠り病」に類似したものと見なされている。この寄付を受けることになった医学団体によれば、すでに2百万人がこの病気に罹っていることがわかっているという。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.59; Déc. 1909
出典Crédit:Wikipedia(英文)John D. Rockefeller
http://en.wikipedia.org/wiki/John_D._Rockefeller

[ Ψ 蛇足 ]
ジョン・ロックフェラー(John D. Rockefeller, 1839-1937)は石油事業で巨万の富を築いた。20世紀に入ってからは慈善事業に積極的に取り組み、特に医学分野への振興策や支援を怠らなかった。1909年の10月26日に《ロックフェラー衛生委員会》を設立した。彼の寄付はこの委員会に対して行なわれたものである。この時には米国南部で「鉤頭虫」(hookworm)による伝染病の発症が問題とされており、その病気の絶滅を目的として資金を提供したものである。ロックフェラー財団の前身である。

(上記Wikipediaの英文記事の抜粋):Rockefeller(…)became one of the first great benefactors of medical science.(…)He founded the Rockefeller Sanitary Commission in 1909, an organization that eventually eradicated the hookworm disease that had long plagued the American South. The Rockefeller Foundation was created in 1913 to continue and expand the scope of the work of the Sanitary Commission, which was closed in 1915. He gave nearly $250 million to the foundation, which focused on public health, medical training, and the arts.(…)

*参考サイト:
(1)メルクマニュアル医学百科: 鉤虫症 (こうちゅうしょう)(和文)
(2)The Rockefeller Archive Center; Rockefeller Sanitary Commission for the Eradication of Hookworm disease(英文)

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)大富豪ロックフェラー氏のヴァカンス(1906.06)
(2)アフリカで「眠り病」の流行(1907.04)
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by utsushihara | 2009-10-30 20:36 | 科学、軍事、海事1909-10

犯罪人間学の権威ロンブローゾ死去

1909年10月19日(火)f0028703_16262083.jpg

すぐれた人類学研究者であり、トリノの有名な人類学博物館の創設者であったチェーザレ・ロンブローゾ博士は10月19日トリノで死去した。73歳だった。彼は1836年ヴェニス生まれ。主な著作としては『天才と狂気』(Le Génie et la Folie)1864年刊、『犯罪者論』(L’Homme criminel)1875年刊が有名である。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.59; Déc. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
チェーザレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso, 1835-1909)はその人類研究の中で、凶悪な罪を犯した人間たちに共通する特徴を探し求めようとし、「生来の犯罪者」(Criminel-né)という理論を立証しようと試みた。

*参考サイト:(和文)チェーザレ・ロンブローゾ

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)ミラノ博でのロンブローゾ教授(1906.07)
(2)手配中人物の識別に関する国際協力(1908.04)オットレンギ
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by utsushihara | 2009-10-19 16:24 | 科学、軍事、海事1909-10

ブレリオの飛行機が国立工芸博物館へ収蔵

1909年10月13日(水)

英仏海峡横断の初飛行に成功したルイ・ブレリオの飛行機が国立工芸博物館(Musée des Arts et Métiers)に収蔵されることとなり、その移転式典が13日盛大に行なわれた。これは人類の技術の進歩の歴史にとって貴重な財産であり、英国ドーヴァー市長のウォルター・エムデン氏とカレー市長のサランビエ氏が共に出席し、勇敢な飛行家に対し新たな敬意を表した。
f0028703_2225541.jpgこれに先立つパレードでは、航空輸送サロンの会場となっているグラン・パレから機体が運び出され、共和国近衛部隊に守られて関係者の馬車が続き、周囲はその行列に先駆ける者、一緒に進む者、追いかける者、見守る者で通りはあふれかえった。群衆の歓呼の声があちこちで沸きあがった。
式典の最後に、国立工芸学校の主管ブーケ氏がブレリオに祝辞を述べ、公式に《ブレリオ》号が国家財産に入ったことを宣言した。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #5526304 « Touche à tout » No.11; Nov. 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #569215 « Le Matin »No.9361; le 14 Oct. 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #4759771 « La Revue hebdomadaire et son supplément illustré » No.43; le 23 Oct. 1909
f0028703_2234834.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
(↑)上掲の写真は「マタン」紙の本社前を通るパレードと群衆、円内は礼服に身を固めたドーヴァー市長ウォルター・エムデン(Walter Emden)と右枠は、護衛の近衛騎兵に先導されて進む着陸時に使われたフランス国旗と《ブレリオ》号である。翼を畳んで移動したことがわかる。


**これまでの関連記事france100.exblog:航空輸送サロンの開幕(1909.09.25)
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by utsushihara | 2009-10-14 22:01 | 科学、軍事、海事1909-10

自動投票集計機の考案

1909年10月

f0028703_14244143.jpgボッジアーノ氏が考案した自動投票集計機(プセフォグラフ=Pséphographe)は、あらゆる選挙もしくは住民投票において最高に役立つ機能を発揮するだろう。
まず投票する人は、機械の片面の2つの小さな窓のあいだに手を入れて、投票の意思表示をすることで選挙の秘密が保たれる。機械のもう片側では投票した人の総数が加算されるとともに、賛成、反対、無効(無決断)、合計の数が4つの窓に表示されるのである。これはまさに不正行為の撲滅である。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.59; Déc. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
(↑)上掲の円内が考案者のエウジェニオ・ボッジアーノ(Eugenio Boggiano, 18xx-19xx)であるが、この雑誌の記事のほかに情報は得られなかった。おそらくイタリア人だろうが、米国で特許を申請した記録がある。Amazon.com にも百年前の申請文書が《中古文献》として売られている。:Original printed patent application No. 17284 for Improvements in Voting Machines. (1909)
21世紀になって、電子投票などという手段も採られはじめているが、特に選挙結果の集計の合理化、省力化については « Voting Machine System» など、さまざまな手法を現代でも提言され続けている。
プセフォグラフ(=Pséphographe)という機械の名称についても(一杯かつがれたように)語源的意味は判明していない。
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by utsushihara | 2009-10-12 14:22 | 科学、軍事、海事1909-10

英国海軍最新鋭の駆逐艦「ヌビアン」

1909年10月f0028703_22381949.jpg

英国海軍の依頼で、ジョン・ソーニクロフト工廠で建造された新型駆逐艦「ヌビアン」(Nubian)は、試験航行で33ノットの高速を出した。全長90m、10.8cm砲の主砲2門と2基の魚雷発射管を備えており、海の《兎猟犬》(グレイハウンド)と称されている。この艦は船首をさらに高くしたために大時化(しけ)の海でも全速力で航行が可能となっている。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.59; Déc. 1909
画像 Crédit photographique:© Tribal Class Torpedo Boat Destroyers of the Royal Navy.
http://www.battleships-cruisers.co.uk/tribal.htm

[ Ψ 蛇足 ]
駆逐艦は英国では《デストロイヤー》(Destroyer)と呼ばれる。この「ヌビアン」は1909年4月に進水式をしたばかりで、当時の最新鋭駆逐艦と注目された。軍艦も就役から5年以上経過すると老朽化が目立つが、この船も第一次大戦が開始した時期にはすでに旧型艦になっていた。1916年10月末の夜間にドイツ海軍の駆逐艦と交戦して大破した。わずか7年の命である。
ジョン・ソーニクロフト工廠(John I. Thonycroft)は英国海軍の艦船建造の工廠としては最高の技術を誇っていた。

*参考サイト:Wikipedia(英文)John I. Thornycroft & Company
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by utsushihara | 2009-10-08 22:35 | 科学、軍事、海事1909-10

飛行船《共和国》号の惨事

1909年9月25日(土)f0028703_23142590.jpg

サントル地方で実施された軍事大演習に参加するという壮挙をあげた飛行船《共和国》号は、数日間の待機の後、9月25日に本拠地であるシャレー=ムードン緑地に帰るため装備を整え、朝6時50分にロジエール繋留地を出発した。マルシャル大尉、ショーレ中尉、そして機関士のレオーとヴァンスノの計4人が乗り込んでいた。約千人の兵士と民衆が見送った。機体はすぐさま約150mの高さまで上昇し、国道7号線に沿って時速40kmの速さでパリに向かった。部品や装備品を積んだ軍用自動車が2台、国道を追走した。
8時30分頃、飛行船は50kmほど安定した飛行を続け、ムーラン市の上空を通過した。しかし、それから8km過ぎたところで突然プロペラが破損して飛び散り、その羽根の1つが飛行船の気球に大穴をあけたのだ。見る見るうちに飛行船は墜落し、地表に激突した。乗組員の4人全員とも即死であった。併走していた軍用自動車が不幸にもその最期の目撃者となった。すぐに現場に駆けつけたが、帆布は引き裂かれ、装備が飛び散り、操縦台の中に4人の死体が横たわっていた。
この悲報はすぐに軍と政府に伝えられ、フランス全土が衝撃と悲しみに覆われた。

f0028703_23151018.jpg画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #405973 « La Revue hebdomadaire et son supplément illustré » No.41; 9 Oct. 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #716873 « Le Petit journal; Supplément du dimanche» No.986, le 10 Oct. 1909

**これまでの関連記事france100.exblog:陸軍大演習と飛行船《共和国(レピュブリック)》号の修復(1909.09.14)
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by utsushihara | 2009-09-25 23:13 | 科学、軍事、海事1909-10

対飛行船用クルップ砲の登場

1909年9月f0028703_1650408.jpg

飛行船に続いて飛行機の目ざましい発展は、戦場に部隊を展開する各国軍事省の懸念を増大させている。
飛行船について見れば、これまでフランスは《祖国》(Patrie)、《パリ市》(Ville-de-Paris)、《共和国》(République)、《自由》(Liberté)、《ルナール大佐》(Colonel-Renard)、《ナンシー市》(Ville-de-Nancy)を建造しており、ドイツも何基かの《ツェッペリン》(Zeppelin)と、《グロス准尉》(Major-Gross)、《パーセヴァル》(Parseval)を保有し、イタリアも《イタリア》(Italia)を、そしてロシアは最近《バヤール=クレマン》(Bayard-Clément)を購入した。さらにライト兄弟、ファルマン、ブレリオ、ラタムらによる飛行機の性能の向上は、各国の戦術に空からの偵察に重きが置かれるように変わっている。
f0028703_1651378.jpgここで、ドイツのクルップ社(Krupp)ではすでに新機種の大砲を作り上げた。これは野戦用の大砲であるとともに、真上の標的にも十分に狙いを定め、発射することができるものである。口径65mm、射程は6300mとなって垂直にも発射できる。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909
出典Crédit avec l’illustration:©BNF-Gallica #39751 « Larousse mensuel illustré, revue encyclopédique » No.34 Déc. 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #716875 «Le Petit Journal, supplément illustré» No.988, Dimanche, le 24 Oct. 1909
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by utsushihara | 2009-09-24 16:48 | 科学、軍事、海事1909-10

防弾服の発明

1909年9月f0028703_11164249.jpg

ドイツの若き公務員シャウマン氏(Schaumann)は安全性のかなり高い防弾服を発明した。ドイツの軍事当局ではこの銃弾に耐える装甲服に大いに着目し、最近発明者との契約交渉を開始した。(↑)上掲の写真は最終的な実証の場に立ち会って撮られたもので、シャウマン氏自身が実験台となっている。わがフランス警察でも、問答無用で銃を発砲する悪漢どもの銃弾を防ぐためにもこれと同じ型式の装甲服(une cuirasse d’un modèle analogue)を採用することが望まれる。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
フランスではちょうど一ヶ月前に犯人逮捕に赴いた2人の警察官が銃撃されて尊い命を落とすという痛ましい事件があったばかりであった。上掲の写真は、発明者本人が実証のために実弾の銃撃に身を曝すという衝撃的なものである。現代なら、いくらなんでも人形を使うはずである。

**これまでの関連記事france100.exblog:警察官2名の殉職(1909.07.17)
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by utsushihara | 2009-09-15 11:13 | 科学、軍事、海事1909-10

陸軍大演習と飛行船《共和国(レピュブリック)》号の修復

1909年9月14日(火)
f0028703_109741.jpg
9月上旬に中仏アリエ県のラパリス付近で実施されたフランス陸軍の大演習(Grand manoeuvre)において、第3ズアーヴ歩兵連隊の機関銃部隊がすばらしい威力を発揮したのが注目された。参加各部隊は至る所で最も英気あふれる行動を示した。
今回は初の試みとして飛行船《共和国(レピュブリク)》号が演習に加わり、何回にもわたり陸上部隊の指揮官たちに適切な指示を送ることができた。しかし、パリからヌヴェール付近までの見事な長距離飛行のあとすぐに軍事大演習に参加したことが原因と思われる機体に亀裂が生じ、全壊の恐れが出たためブリュイエールで不時着した。飛行船の空気を抜いて分解した部品は陸路、停泊予定地のラパリス(Lapalisse)まで運搬された。兵士たちの懸命の作業の結果、8日間で修復が完了した。9月13日にはラパリスの上空に飛び立ち、翌日には偵察飛行の任務につくことができた。

f0028703_101351100.jpg出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #5526296 « Touche à tout » No.10; Oct. 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #5738270 « La Revue hebdomadaire et son supplément illustré » No.39; 25 Sep. 1909

**これまでの関連記事france100.exblog:飛行船《共和国》(レピュブリク)号パリ上空へ (1909.08.07)
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by utsushihara | 2009-09-14 10:08 | 科学、軍事、海事1909-10

電話印字機の発明

1909年9月f0028703_22211369.jpg

イタリア人司祭のチェレボターニ師はこのたび新たに電話印字機(Téléimprimeur)を発明した。この機械はいかなる電話の受話器にも繋げ、電信文を書くためのタイプライター(Télégraphier)として使うことができるという。機械の仕組みは独創的とも言える簡単さで、チェレボターニ氏は9月にパリを訪れ、聴衆の前でその実用効果を紹介してくれる予定である。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909

f0028703_22231953.jpg[ Ψ 蛇足 ]
司祭であり、教義学者であり、発明者であったルイジ・チェレボターニ(Luigi Cerebotani, 1847-1928)は上記記事の電話印字機(Téléimprimeur)の他にも通信に関連する発明品を作った。現代で言えば「音声変換自動入力機能」のようなプリンターと思われるが、実際どのようなものだったかは未詳である。

*参考サイト:Wipipedia(伊語)Luigi_Cerebotani
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by utsushihara | 2009-09-13 22:18 | 科学、軍事、海事1909-10