フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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カテゴリ:文芸、評論1905-06( 31 )

文芸批評・評伝作家協会の役員人事

f0028703_16163151.jpg1906年12月23日(日)

文芸批評・評伝作家協会(L'Association des critiques littéraires et biographes)では12月23日、3名の新たな役員を決定した。
カチュル・マンデス氏は劇作「アヴィラの聖女」の作者であり、「ジュルナル」紙の文芸批評を担当。
アンリ・バルビュス氏は「ジュセトゥ」誌の編集長。(←画像)
オーギュスト・ドルシャン氏は劇作「四月のコント」の作者であり、「政治・文学年報」の文芸批評を担当。

出典:BNF-Gallica #102980 « Je sais tout » No.25; FEV. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
カチュル・マンデス(Catulle Mendès, 1841-1909)は高踏派の詩人、劇作家、批評家。特にこの年(1906)には「グラティニー」(Glatigny)、「アリアーヌ」(Ariane)、「アヴィラの聖女」(Vierge d’Avila)の劇作/オペラ台本で大いに注目を集めた。参考サイト:Wikipedia(仏語)

アンリ・バルビュス(Henri Barbusse, 1874-1935)が若い頃雑誌編集者、しかも雑誌「ジュセトゥ」の編集長だったことを知って驚いた。この年はまだ32歳。2年後に代表作の一つ小説「地獄」(L’Enfer, 1908)を発表するが、彼の作家としての地位を確立するのは第一次大戦の状況下で書かれた「砲火」(Le Feu, 1916)以降となる。
参考サイト:アンリ・バルビュス友の会Présentation rapide d'Henri BARBUSSE

オーギュスト・ドルシャン(Auguste Dorchain, 1857-1930) 詩人、劇作家、批評家。
*参考サイト:UdeNap.org ドルシャン(仏語)

**これまでの関連記事france100.exblog:サラ・ベルナールの凱旋公演「アヴィラの聖女テレサ」(1906.11.10)
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by utsushihara | 2006-12-23 16:23 | 文芸、評論1905-06

タロー兄弟にゴンクール賞(1906)

f0028703_1747847.jpg1906年12月15日(土)

ゴンクール委員会は12月15日、今年のゴンクール賞をタロー兄弟に与えることに決定した。ジェロームとジャンの兄弟は共同で創作活動を続けているが、「有名作家ディングリー」(Dingley, le célèbre écrivain, 1902)で英国人の性格描写が適格になされているのが評価された。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
f0028703_1751540.jpg画像(上↑)が兄のジェローム(Jérôme Tharaud, 1874-1953)、(右→)が弟のジャン(Jean Tharaud, 1877-1952)教師や議員秘書をやっていたが、1890年代から共同で作家活動を開始した。受賞時はまだ30歳そこそこで、帝国植民地主義の時代背景に異国風物を題材としたルポルタージュ文学風の作品を書きつづけた。1930年代以降になって二人とも相次いでアカデミー会員に選出された。

日本では下記の2点の翻訳がある。
①長篇「作家の情熱」(「有名作家ディングリー」)水野成夫・訳、実業之日本社、1940年刊
②短篇「最後の訪問者」(『クリスマス名作集』所収)中央出版社、1961年刊

** 新潮文庫「ジイドの日記」第2巻、新庄嘉章・訳、1907年1月9日より引用:
・・・タロー兄弟の『ディングレイ』についての仕事振りには大いに感心する。今度その立派な改作で読み返してみた。だが、数年の間隔を置いて、こういう風に手を入れて仕上げをするといったやり方は、私にとっては驚きであり、私には到底出来ないことである。これまでにも決して出来なかった。句をあれこれいじくり廻すことが出来るのは、それがまだ溶解状態にある時だ。そして、一つ一つの句は、修正がもはや不可能になった時にはじめて、完全なものと思えてくるのである。
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by utsushihara | 2006-12-16 17:45 | 文芸、評論1905-06

文芸評論家ブリュンティエールの死

f0028703_9254817.jpg1906年12月10日(月)

アカデミー会員で偉大なモラリスト、文芸評論の大家ブリュンティエール氏は12月10日死去した。氏は長年にわたり雑誌「両世界評論」の主筆・編集長をつとめていた。享年57歳。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907

[ Ψ 蛇足 ]
フェルディナン・ブリュンティエール(Ferdinand Brunetière, 1849-1906)は生涯の大半を「両世界評論」(Revue des Deux Mondes) を足場とした文芸評論活動で送った。最初は寄稿者から編集者となり、最後は主筆となった。1893年にアカデミー会員に選ばれた。謹厳なカトリック信者で政治的にも文学的にも保守的な立場を貫いた。数々の論争も多く、自分の雑誌で論陣を張った。エレディア、ピエール・ルイス、レミ・ド・グールモンらとの交遊も深かった。
主な著作は:
「自然主義小説」Le Roman du naturalisme (1883)
「19世紀フランスにおける抒情詩の進化」Évolution de la poésie lyrique en France au dix-neuvième siècle (1891-92)
「フランス古典文学史」Histoire de la littérature française classique(1891-92)
「現代文学論」Essais sur la littérature contemporaine (1892)
「論戦講義録」Discours de combat (1900-03)
この大半はフランス国立図書館BNFの電子図書Gallicahttp://gallica.bnf.fr/ で読むことができる。
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by utsushihara | 2006-12-10 18:29 | 文芸、評論1905-06

リアーヌ・ド・プージィの新作小説

f0028703_15342552.jpg1906年12月

リアーヌ・ド・プージィ女史は2作目となる小説「イヴェ・ジュールダン」を発表した。第1作よりかなり良い仕上りで、注目すべき作品となっている。ここに掲載する彼女の写真は、その美しい力の賜物により当代の女流作家たちの中でも断然他を圧倒している。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.24; JAN. 1907
画像Crédit d’image : ©Tallulahs Biographies, Liane de Pougy
f0028703_15362247.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
リアーヌ・ド・プージィ(Liane de Pougy, 1869-1950)は、その圧倒的な美貌ゆえにベル・エポック時代のクルティザンヌ(高級娼婦)の代表格の一人とされた。社交界の花形であると同時に舞台女優として、また作家として名声をほしいままにした。このときの彼女は37歳である。小説「イヴェ・ジュールダン」(Yvée Jourdan, 1906)の前に「サフォ風の牧歌」(Idylle Saphique, 1901)および晩年の日記「私の青い手帖」(Mes Cahiers Bleus)がある。

*参考サイト
(1) Wikipedia(英):Liane de Pougy
(2) 作品社の刊行物紹介:「リアーヌ・ド・プージィ」ジャン・シャロン著 (1999.12刊)
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by utsushihara | 2006-12-02 15:29 | 文芸、評論1905-06

エドゥアール・ロッドの新作小説

f0028703_22572682.jpg1906年11月

重厚な文体の小説家エドゥアール・ロッド氏はこれまでの作品と同様に社会問題を取り上げた新作「ある火災」(Un incendie, 1906)を発表した。氏の小説では「流水」(L’eau courante, 1902)、「勝利者」、「従順ならざる者」(L’indocile, 1905)などが知られ、アカデミーはそれらの業績に対しヴィテ賞を授与している。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.23; DEC. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
エドゥアール・ロッド(Edouard Rod, 1857-1910)はスイスの作家だが、フランスで活躍し、当時は高く評価されていた。現代ではほとんど読まれていない。以前にジャン=ジャック・ルソーの生涯の劇化作品で出てきたことがある。
**前の関連記事Blog:ルソーの私生活の劇化(1906.05.28)
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by utsushihara | 2006-11-18 22:54 | 文芸、評論1905-06

『豪勇ジェラールの冒険』の仏訳版

f0028703_15442361.jpg1906年11月

わが読者には良く知られた英国の作家コナン・ドイル氏の「豪勇ジェラールの冒険」の仏訳版が出た。ナポレオン時代のフランス軍で華々しい活躍をした将士の一連の痛快な武勇回顧談である。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.23; DEC. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
「シャーロック・ホームズ」のほかに何を望むというのか?もし現代にコナン・ドイルが息を吹き返したとすれば、今や彼が決定的に「ホームズ作家」と言われていること、つまり作家の名前以上に主人公が有名になってしまったことを知って愕然とするかもしれない。百年前の「ジュセトゥ」誌でも「シャーロック・ホームズの冒険」の数篇が翻訳されて掲載されており、フランスでもドイルの人気は非常に高かったことがうかがえる。
ドイルとしては、例えばアレクサンドル・デュマのような作家でありたいと願っていたのかもしれない。この主人公ジェラールもガスコン人であること、あえて数巻のフランスの歴史小説にチャレンジしたことなどからも(作家としては当然かもしれないが)推測できる。

「豪勇ジェラールの冒険」実際は二部作(The Exploits of Brigadier Gerard; The Adventures of Gerard)になっている。英国人が書いたフランス史物という点でもやや引け目を感じるものの、ドイルの作家としてのレパートリーの広さはもっと親しまれてもいいのではないかと思う。

*参考サイト:
(1)趣味的資料室【歴史(文学)・時代小説】:(ナポレオン・王政復古期/19世紀前半)
(2)英文Wikipedia:Brigadier Gerard
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by utsushihara | 2006-11-11 15:39 | 文芸、評論1905-06

ブーランジェの新刊「傷ついたアマゾネス」

f0028703_1736284.jpg1906年10月

マルセル・ブーランジェ氏は剣の名手であると同時に当代の優れた作家でもある。今月出された彼の作品「傷ついたアマゾネス」は繊細であるとともに飛びぬけて上品な作品で、現代の社会不安に頭を突っ込んでいる。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.22; DEC. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
マルセル・ブーランジェ(Marcel Boulenger, 1873-1932)は、むしろフェンシングの選手として知られる場合も多い。1900年のオリンピック第2回パリ大会にも出場し、銅メダルを獲得している。まだ著作権の保護期間内にあたるので作品の電子化等の公開は行なわれていない。「傷ついたアマゾネス」(L’Amazone blessée, 1906)は311頁の長篇小説である。他に歴史小説も多い。
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by utsushihara | 2006-10-28 17:34 | 文芸、評論1905-06

「ニューヨーク見たまま」

f0028703_18125539.jpg1906年10月

シャルル・ユアール氏の文と絵による「私の見たままのニューヨーク」はとても好奇心をそそる一冊である。全部で136の挿画は紀行文とのつながりを生き生きとさせてくれる。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.21; NOV. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
シャルル・ユアール(Charles Huard, 1875-1965)は、19世紀末から特に絵入新聞各紙にイラストを掲載してよく知られた画家である。バルザックの「人間喜劇」の全集やクレマンソーの著わした「ヴァンデ地方の人々」(Figures de Vendée)でも評判を得た。
今回出版された「私の見たままのニューヨーク」(New-York tel que je l’ai vu, 1906)も当時は斬新な内容で人気を得たようで、同じシリーズとして翌年には「ベルリン」、翌々年には「ロンドン」が出版された。もちろんこうした旅行記、案内書の類いは時代とともに陳腐化するので埋没するのは致し方ない。
挿画は、ニューヨークのビジネス・ウーマン(la femme d’affaires à New-York)だというが、現代と何が異なるかを詳しく見てみたい気もする。
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by utsushihara | 2006-10-14 18:12 | 文芸、評論1905-06

「ポーゾール王の冒険」

f0028703_23324945.jpg1906年10月

ピエール・ルイス氏の興味深い作品「ポーゾール王の冒険」は挿絵入り版として10月1日、メチヴェ社から発売された。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.21; NOV. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
ピエール・ルイス(Pierre Louÿs, 1870-1925)については1906年3月の記事にも出てきたが、この頃が彼の創作力の最も輝かしい時期であったと思われる。関連記事Blog:「アフロディト」初演(1906.03.27)

「ポーゾール王の冒険」(Les Aventures du Roi Pausole)は、すでにこの5年前の1901年に発表されていたが、挿絵入り本として再刊されたものと思われる。寓話の世界の風刺的、哲学的、自由思想的な小話集で、彼の得意とするエロティックな表現も含まれている。邦訳では1957年に世界大ロマン全集の一巻として中村真一郎の訳が出ている。(実は持っていてもなかなか読めない)

フランス六人組の作曲家の一人、アルトゥール・オネゲルが3幕のオペレッタに作っていて、たびたび上演されているようだ。
*参考サイト:Honegger archives : Les Aventures du Roi Pausole(1930)

また美術では、藤田嗣治が作成した28点の木版挿画入りのフランス語原書が何度か版を重ねて発売された。
*参考サイト:Galerie SORA 「ポゾール王の冒険」藤田嗣治・挿画
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by utsushihara | 2006-10-12 23:26 | 文芸、評論1905-06

詩人ミストラルの自伝発表

f0028703_1813261.jpg1906年10月10日(水)

フレデリック・ミストラル氏はすでに小誌でお知らせしたように「わが起源、回想と物語」をフランス語とプロヴァンス語の二通りの版で発表した。「ミレイユ」の父親を知ることのできる魅力的な本である。

出典:BNF-Gallica #102979 « Je sais tout » No.21; NOV. 1906

[ Ψ 蛇足 ]
フレデリック・ミストラル(Frédéric Mistral, 1830-1914)は南仏の生んだ大詩人である。代表作は1859年に発表した「ミレイユ」(Mireille)であり、プロヴァンスの美しい風物を背景とした若い青年男女の恋愛物語である。これもプロヴァンス語とフランス語の両方で書かれた。1904年にノーベル文学書を受賞し、プロヴァンスの言語と文化の維持と発展に力を入れた。

「わが起源、回想と物語」(Mes origines, mémoires et récits, 1906)は、作家の76歳で発表されたもので、現在、電子図書としてもあちこちで容易に閲覧が可能となっている。
*参考サイト:エクサン=プロヴァンスとミストラルのサイト Frédéric Mistral - écrivain célèble d’ Aix en Provence でも自伝を参照できる。(仏文)

「ミレイユ」はシャルル・グノーによってオペラ化されている。十数年前、私も半分眠くなりながら観たことがあるが、「村のロメオとジュリエット」とか「カヴァレリア・ルスチカーナ」ののどかな田園風景の中での恋愛愛憎劇だったように思う。(詳しい方は是非コメントをお寄せください。)
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by utsushihara | 2006-10-10 18:10 | 文芸、評論1905-06