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フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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オノレ・デュルフェの記念碑

1908年9月20日(日)
オノレ・デュルフェの記念碑_f0028703_13471114.jpg
16世紀の文人オノレ・デュルフェの栄誉を記念する石碑の落成式が9月20日、サヴォワ地方アン県のヴィリュー=ル・グランの町でおこなわれた。この記念碑は彫刻家ポール・フルニエ作のデュルフェの胸像が載せられたもので、アカデミー会員のルネ・バザン氏が主宰し、かなりの数の群衆がデュルフェの文学的業績への賞賛を共にした。代表作『アストレ』(Astrée)は、1620年から1625年にかけて書かれた小説で、その真実の愛の物語は7世紀の時代背景となっている。
ルネ・バザン氏は、貴族の身分での詩人であり、闘士でもあったデュルフェがフランス文学における栄光の創造者の一人であったことを褒め称え、魅力あふれる演説を締めくくった。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102983 « Je sais tout » No.46; Nov. 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288220 « Le Figaro » le 21 Sep. 1908

[ Ψ 蛇足 ]
オノレ・デュルフェ(Honoré d’Urfé, 1567-1625)は16世紀の文人である。サヴォワ公家の流れを汲む南仏の貴族の子として生まれ、ジェズイット派の教育を受けた。折りしも宗教改革の嵐が起き、新旧教徒の対立が激しい時代で彼は旧教同盟に組し、その主導者の一人であるヌムール公に仕えた。代表作は上掲の長編小説『アストレ』(Astrée)で羊飼いの娘アストレと羊飼いの青年セラドンとの真実の愛をめぐる物語で、当時の知識階級で大いにもてはやされた。
2007年にエリック・ロメールが映画化(『アストレとセラドンの恋』Les amours d’Astrée et Céladon)したが、日本では横浜などでのフランス映画祭で紹介されたに留まった。
彫刻家ポール・フルニエ(Paul Fournier)についての情報は得られなかった。ヴィリュー=ル・グランの町(Virieu-le-Grand)はリヨンの東方サヴォワ山中に位置する。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(仏語) Honoré d’Urfé
(2)Unifrance (仏語) 映画『アストレとセラドンの恋』
(3)Yahoo cinéma (仏語) 映画『アストレとセラドンの恋』
by utsushihara | 2008-09-19 16:24 | 文芸、評論1907-08