フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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パンテオンへのゾラの改葬

f0028703_172557.jpg1908年6月3日(水)~4日(木)

国会での採決に従い、6月3日ゾラの遺骸のモンマルトルの墓地からパンテオンへの改葬が着手された。その翌日4日、パンテオンにおける厳粛な祝典が行なわれたあと、ファリエール大統領をはじめ、政府高官など多数の参列者が建物の前で儀仗兵を観閲するために出てきたとき、ルイ・グレゴリという政治評論家が参列者の中にいたアルフレッド・ドレフュス司令官に向かって2発続けて銃弾を発射し、腕を負傷させた。犯人はただちに計画殺人未遂の容疑で取り押さえられた。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102982 « Je sais tout » No.42; Juillet, 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #288112 « Le Figaro » le 5 Juin, 1908
画像 Crédit d’image : © Wikimedia Image: Zola au Panthéon 1908.jpg
Couverture de "L'Assiette au beurre" No.374, 30 mai, 1908
f0028703_1715045.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
「余は弾劾す」(J’accuse !)の新聞論説でドレフュス事件の大論争の契機となったエミール・ゾラ(Emile Zola, 1840-1902)は1902年に不慮の死を遂げ、当初はモンマルトル墓地に埋葬された。その後、裁判のやり直しが進められ、1906年にドレフュスの無罪が確定し、名誉回復が行なわれた。それとほぼ同時にゾラの遺骸のパンテオンへの移葬(panthéonisation)、つまり国家的な偉業を成し遂げた人物をパンテオンに「合祀」すること、が議決され、2年後の1908年に改葬が実行されたのである。(↑)画像は当時の風刺的な絵入新聞の一つ「うまい汁」(アシエット・オー・ブール Assiette au beurre=バター皿の裏の意味)の表紙絵である。

アルフレッド・ドレフュス(Alfred Dreyfus, 1859-1935)はつくづく強運の持ち主だと痛感させられる。
和文ウィキペディアの《アルフレド・ドレフュス》(小文字のッがない表記)も参照させてもらったが、明らかに翻訳ミスと思われる個所があった。近々修正されるだろう。(↓)
>ドレフュスは1908年にエミール・ゾラの翻訳会に出席していた際、不満を持ったジャーナリストに銃撃され腕を負傷した。

なお銃撃犯のルイ・グレゴリ(Louis Gregoli)はイタリア系の国粋主義者で、ドレフュスに対する抗議行動として発砲したと主張し、数ヵ月後の公判ではなぜか無罪放免となった。

*参考サイト:Centre des monuments nationaux: L'Exposition « Zola au Panthéon »
パリのパンテオンでは、ゾラの改葬100周年を記念する展示会 "Zola au Panthéon" が2008年6月から10月まで開催されている。
**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)ドレフュス事件の再審(1906.06.15)
(2)ドレフュス事件、第2回目の再審(1906.07.12) ドレフュスの無罪判決

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by utsushihara | 2008-06-03 16:52 | フランス社会政経1909-10