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フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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8月のオペラ座「ワルキューレ」

8月のオペラ座「ワルキューレ」_f0028703_12501284.jpg1907年8月20日(火)

***アンリ・ビュッセル著『パリ楽壇70年』、池内友次郎・訳編、音楽之友社(1966.10)刊より引用。
1907年8月20日(火):パリへ帰るやいなや、すぐオペラ座で「ワルキューレ」を指揮することになる。私はモトルの速度を正確に採用した。それはオペラ座の伝統をいささか乱すものであるが、ブリュンヒルデを歌うフェリア・リトヴィンヌは心をうばうほどすばらしい。

画像 Crédit d’image : © www.cantabile-subito.de

[ Ψ 蛇足 ]
アンリ・ビュッセル(Henri Busser, 1872-1973)は1890年代からパリの楽壇で活躍し始め、この時35歳でオペラ座の若手指揮者の一人となっていた。8月、友人の作曲家・指揮者のアンリ・ラボー(Henri Rabaud, 1873-1949)とともにミュンヘンに赴き、そこの音楽監督フェリックス・モトルが企画した一連のオペラ公演(モーツァルトとワーグナーの代表的な作品を交互に上演したもの)を8月9日から19日まで見続け、大いに啓発を受けた。
上記にあるとおり、8月20日にパリに戻ってすぐに「ワルキューレ」の指揮を《本場仕込み》のように振って楽団員を面食らわせたようだ。ビュッセルはワーグナーの熱烈な賞賛者であり、このあとも積極的に指揮することになる。
ミュンヘンのフェリックス・モトル(Felix Mottl, 1856-1911)はワーグナー指揮者として早くからバイロイト音楽祭に関わり、1904年からはミュンヘンの宮廷劇場の音楽監督を務めていた。
8月は日本人だけでなく、ワーグナーの月と感じる人は少なくない。
画像は、フェリア・リトヴィンヌ (Felia Litvinne, 1860-1936)のイゾルデ役の姿。やや太めだったかもしれないが、その劇的な歌唱表現は指揮者も聴衆も大いに魅了した実力派のワーグナー歌手だったようだ。

*参考サイト:Wikipedia(英文)Felix Mottl(フェリックス・モトル)
**これまでの関連記事france100.exblog:サン=サーンスの新作オペラ「祖先」(1906.02.24) リトヴィンヌが主役

(参考)
***アンリ・ビュッセル著『パリ楽壇70年』、池内友次郎・訳編、音楽之友社(1966.10)刊より引用。
[8月10日]:モトルが、私たちを宮廷劇場における「神々の黄昏」の総練習に招待する。すばらしく訓練されたオーケストラに対して彼は何という権威をもっていることか!しかしラボーは木管の度しがたい音質に驚く。私はこのことについて「楽器のせいですか、それとも、奏者のせいですか?」とモトルに訊ねた。モトルは「演奏がまずいからですよ!・・・あなたたちフランス人のオーケストラとは何というちがいでしょうか!私は、パリに指揮しに行くたびに、すばらしい音質に驚嘆するのです!」と答えた。
[8月12日]:モトルが楽長として指揮する「トリスタン」は、ラボーと私とにとってひとつの啓示であった。何という楽想のゆたかさ、そして、何という劇としての力強さ!(中略)席が一つしか予約できなかったので、私たち、ラボーと私とは大広間の特等席とオーケストラ・ボックス内の腰掛とで交替に聴きつづける。

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by utsushihara | 2007-08-20 12:49 | オペラ、音楽、演劇1907-08