フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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レイモンド・ド・ラロシュ夫人、女性による史上初の飛行機操縦

1909年11月f0028703_21425146.jpg

若い大勢の人々が毎日のようにシャロンやイッシー=レ=ムリノーの飛行場から飛行機の操縦に挑戦する中で、一人の若い女性、レイモンド・ド・ラロシュ夫人がシャロンの飛行場でヴォワザン型複葉機に乗り込み、自分で操縦桿を握って飛び立つことができたのである。これはフェミニスムの新たな勝利として飛行史に記録されるべき出来事であった。

出典 Crédit:©BNF-Gallica #5526308 « Touche à tout » No.12; Déc. 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #45738467 « La Revue hebdomadaire et son supplément illustré » No.3; le 15 Jan. 1910

[ Ψ 蛇足 ]
レイモンド・ド・ラロッシュ(Raymonde de Laroche, 1884-1919)は、その美貌(↑)からしてわかるように最初は舞台女優として活躍していた。当時第一線の飛行家として知られたレオン・ドラグランジュ(Léon Delagrange, 1873-1910)との深い交友関係から飛行機に乗ることを体験し(女性を同乗させて飛ぶことはしばしば行なわれた)たまたま独りで操縦桿を握って、禁じられていたのにもかかわらず、飛行機を発進させ、飛んでしまったというのが最初の出来事であったようだ。10月22日であったという説もあるが、その翌日の新聞で大々的に報じられた記事は見つからなかった。上記の記事は、月刊誌『トゥシュ・ア・トゥ』(Touche à Tout)の12月号に書かれたものを引用した。
彼女はフランス飛行クラブ(Aéro-Club de France)から飛行免許(brevet)の第36号を女性として初めて与えられた。彼女はしばしば《レイモンド・ド・ラロシュ男爵夫人》(Baronne Raymonde de Laroche)と書かれることもあったが、元々貴族ではなく、芸名としてその称号付きの名前を用いたようだ。

*参考サイト:Musée de l'Air et de l'Espace(仏語)Collections Aviateurs, Raymonde de Laroche
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by utsushihara | 2009-11-05 21:40 | スポーツ、乗物、探検1909-10