フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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「ロンサン小路事件」のスタンネル夫人の裁判

1909年11月13日(土)f0028703_23163724.jpg

11月3日から10日間の公判の期間中、大衆の注目はスタンネル裁判の弁論の推移に引きつけられた。夫の画家スタンネルとその義母ジャピィ夫人が殺害された事件で、同じ家でなぜかベッドに縛りつけられただけで無事に発見された妻マルグリットの関与もしくは共謀があったのか否か?
裁判長のヴァレス氏は峻厳な尋問を展開した。検事のトルアール=リオル氏は、彼女を尊属殺人で起訴するのを断念し、共謀罪を立証しようとした。スタンネル夫人の弁護人をつとめたアントニー・オーバン氏は非常に弁舌巧みに議論を進め、結果的に依頼人の無罪放免を勝ち取ることができた。

f0028703_23192425.jpg出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.56; Sep. 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #618798 « Le Petit journal » No.17115, le 5 Nov. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
「スタンネル裁判」(L’Affaire Steinheil)はその事件が起きた屋敷のあったパリ15区の「ロンサン小路」(Impasse Ronsin)の事件とも呼ばれたが、翌日1908年5月31日以来、新聞紙上で最も頻繁に記事が書かれた事件であった。非常に謎の多い事件で捜査が難航したのも事実である。上掲の裁判は、若く政財界人とも交友が広かった夫人が事件に関与したのかどうかを問うものであり、公判が始まった11月3日から10日間の新聞各紙は、すべて一面で連日裁判の経過を詳細に報じる記事で文字通りあふれかえった。
f0028703_23194731.jpgこうした資料を集めるだけで分厚い本が何分冊もできてしまうだろう。現に、敬服する松本氏のサイト↓(2)で何年も前に言及していた書物(3)はその一例である。

文豪アンドレ・ジィドもこの事件に大いに興味を引かれたようで、公判の傍聴に行ったことを日記に書き記している。(新庄先生の訳語は固有名詞が「ステイネイ」となっていたが、「スタンネル」のほうが普通の発音に近いと思われるので表記を変えて引用した。)
*** 新潮文庫「ジイドの日記」第2巻、©新庄嘉章・訳、1909年11月7日付から
11月7日、日曜日
リュイテル、フィリップ、リヴィエール、コポー、ドルワン、クローデル来訪。
月曜日。-コボー、ボワレーヴと一緒にスタンネル事件*の公判を聴きに行く。
火曜日。-フィリップ、フリゾー夫妻とともにクローデルのもとで晩餐。(語りたいことは沢山ある。-だがその暇がない。)

*訳注(新庄): 大統領フェリクス・フォールの腹心の友であった美貌のマルグリット・ジャピィ=スタンネルが、母親のジャピィ夫人と夫の画家アドルフ・スタンネルを殺害したという嫌疑で捕えられ、一年間未決のまま牢獄生活を続けていたが、数次にわたるセンセイショナル裁判ののち、11月14日無罪を宣告された。

*参考サイト:
(1)Wikipedia(仏語)Marguerite Steinheil
(2)Le Parti pris des lettres 文字の味方 文学の味方:ピエール・ダルモン『スタンネル事件』ベル・エポックの犯罪(2004.05.22)
(3)Pierre Darmon: "Marguerite Steinheil, ingénue criminelle ? ” (Perrin , 1996)

**これまでの関連記事france100.exblog:画家スタンネル殺人事件(1908.05.30)
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by utsushihara | 2009-11-13 21:31 | ★ベルエポック事件簿1909