フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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カフェ・コンセールの踊り子の部屋で起きた悲劇

1909年11月10日(水)

マンス夫妻はベルギーの出で、しばらく派手な事業をしたあと、3年半ほど前からバティニョル大通りの角で家具屋の店を構えていた。夫妻には3人の息子がいたが、32歳の長男は病弱で、16歳の三男には障害があった。二男のアンリは来年から兵役に就くことが決まっており、両親にとっては大きな安堵であった。

数週間前、アンリは遊び仲間と知り合いになり、一緒にモンマルトルの盛り場に出入りするようになった。そこで彼は若い踊り子マルグリット・ギユモ嬢と出会ったのだ。彼女は19歳で、毎晩ピガール広場のカフェ・コンセールで踊っていた。f0028703_22392249.jpg

先月の28日からギユモ嬢は、従妹で同じ踊り子のアンドレ・デュピュイ嬢と一緒にフォンテーヌ街29番地の家具付きアパートに住むようになった。アンリ・マンスは2~3度この部屋を訪れた。
今月7日の日曜日になって、彼は友人一人を伴ってやって来て家主にこう語った。
「この二人のお嬢さんの引っ越しをしにきたんです。」
そしてすみやかに二人の青年と二人の娘は荷物ケースや旅行鞄や帽子の箱などを運び出し、ナヴァラン街17番地の別の家具付きアパートに移った。この引っ越しの次の日からアンリは親許の家には戻らなかった。酒浸りになり、酔っ払いながら彼は何度も死にたいと言い張った。
「僕は兵隊なんかなりたくないんだ。(Je ne veux pas être soldat) それに商売だって厄介だ。」
そう言いながらも彼は毎朝店の前を熱心に掃除し、できる限り両親の商売の手助けをしていたのだった。

一昨日の夜、ギユモ嬢は体調を崩したため、契約しているカフェへの出演を休んだ。彼女は夜9時半ごろ就寝し、深い眠りにおちた。11時ごろ、完全に酔っ払ったアンリ・マンスが友人を連れて2階の彼女の部屋に入ってきた。青年は何も言わずにベッドにころがり、乱暴に彼女を起こして言った。
「いいかい、これでいいんだ!今度こそ決めたぞ!君を殺してから僕も死ぬんだ!」

いきなり眠りから覚まさせられて彼女は恐ろしくなった。それでも冷静さを失わず、青年がいつも上着のポケットに入れている拳銃を何とか取り上げたいと思った。しかし青年が酔いにまかせて窓のほうにゆっくりと身体を動かす間に、若い娘は部屋を飛び出した、
階段を数段も下りないうちに2発の銃声が響いた。ちょうどその時近くに住む紳士が帰ってきた。彼女は叫んだ。
「お願いです。大家さんに知らせてください。部屋にいる友だちが2発銃を撃ったんです。誰かを殺したんじゃないかと思ってます。」
家主のプリュドム氏がすぐさま2階に駆け上がった。アンリの友人の姿は消えていた。絶望した男のほうは扉の背後に倒れていた。額に銃弾の穴が開いていた。心臓はまだ動いていた。
通報を受けたデュポノワ警視がモニゾン医師とともにやってきた。医師は青年が死んだことを確認した。
遺体は今日の午後、家族のもとに返還される。

f0028703_224454100.jpg出典Crédit:©BNF-Gallica #618805 « Le Petit journal » No.17122, le 12 Nov. 1909
画像 Crédit photographique : ©Musée d'Orsay, Dist. RMN / Patrice Schmidt / Cote cliché : 00-030993 / Fonds : Dessins / Titre : Groupe de danseuses / Auteur : Edgar Degas (1834-1917) / Localisation : Paris, musée du Louvre, D.A.G. (fonds Orsay)

[ Ψ 蛇足 ]
この時代、カフェ・コンセールの踊り子も若さと美しさと技量があれば、娘たちが(薄給ながらも)活躍できる職業だった。マルグリット・ギユモ(Marguerite Guilmot)もこの新聞記事にならなければ他の多くの踊り子たち(Danseuses)同様、完全に過去に埋没していたはずである。
(↑)参考画像はドガの「踊り子の群像」(Groupe de danseuses)オルセー美術館蔵。
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by utsushihara | 2009-11-11 22:37 | ★ベルエポック事件簿1909