フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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批評家シュヴァッシュ対劇作家ベルンスタンの決闘

1909年10月27日(水)

フィガロ紙の劇評家フランシス・シュヴァッシュ氏はアンリ・ベルンスタン氏の戯曲『鉤爪』(Griffe)の再演に関して評論記事を書いたが、その中のいくつか辛辣な評価で作者を傷つけることになった。
ベルンスタン氏は「コメディア」誌にシュヴァッシュ氏対する公開書簡として同様な口調で反論を述べ、それが火薬に火を点ける結果となった。シュヴァッシュ氏はベルンスタン氏の暴力的な回答によって侮辱されたと判断し、2人の友人を介して先方の発言の撤回もしくは決闘のいずれかを申し入れた。その友人とはアカデミー会員のモーリス・ドネー氏と文筆家のジョルジュ・リヴォレ氏である。
(↓)ベルンスタン氏の方も2人の友人、劇作家アベル・エルマン氏とジャン=ジョゼフ・ルノー氏を代理人として公開討論を依頼した。長時間の折衝でも双方が和解に至ることはできなかった。こうして侮辱を受けた側として批評家シュヴァッシュ氏と劇作家ベルンスタン氏は、それまで紙面上に限られていた争点を武器によって決着をはかるべく、決闘場に赴くこととなった。

f0028703_21535265.jpg日時は27日午前11時半、場所はパルク・デ・プランス競輪場、武器は拳銃を使用することと決まった。天候は最悪だった。滝のような雨がこの決闘に立ち会いたいと望む限られた人々に降り注いだ。
まず1台の自動車からベルンスタン氏が降りた。「鉤爪」の作者は、伝統的な決闘のいでたち、つまり山高帽や硬いフロックコートの着用を前から気にしていて、結局チロル帽とチョッキを付けた軽装服だった。彼のそばには口髭を反り返らせたアベル・エルマン氏と拳銃の箱を持ったルノー氏がいた。それからポッジ教授が医師として立ち会った。
数歩離れた別の自動車からは、黒服の上下のフランシス・シュヴァッシュ氏が降り立った。モーリス・ドネー氏は風雨の中、麦藁色の革手袋をした両手で傘を差し、光沢のあるシルクハットと礼服という完璧ないでたちだった。その後にリヴォレ氏が同じように拳銃の箱を持ち、カザン医師が扉を閉めた。競輪場の芝生の上では伸び放題の草が靴のかかとまで踏み込ませた。立会人たちは急いで距離を測った。これはあまり例がないが、慣例の25歩の距離ではなく、30mの距離と決めていた。拳銃に弾が込められ、決闘者たちはそれぞれの場所から面と向かった。

進行役となったルノー氏は、雨の中で退きながら当人たちに最終的な注意事項をしつこく説明した。そして「用意はいいか?」(Etes-vous prêts, messieurs?) という決まり文句のあとに、「撃て!」(Feu!)と叫んだ。
シュヴァッシュ氏は静かに拳銃を持ち上げ、ベルンスタン氏に狙いを定め、引き金をひいた。弾丸は音を立てて劇作家の右側を飛び、観客席の下の砂利道に食いこんだ。
ベルンスタン氏のほうは「撃て!」の合図で同じく冷静に、拳銃を背中にまわし、銃口を地面に向けたまま、発砲しなかった。

「どうして撃たなかったんだ?」とルノー氏がきいた。ベルンスタン氏は何も答えず、進行役に武器を返した。ルノー氏は競技場の手すりの横の木材が積んである所に弾を放った。

決闘は終わった。一言もなく、身振りもお辞儀もなしに当事者たちはその場を離れ、車に乗り込んだ。この間、パルク・デ・プランス競輪場の囲いの陰から映画の撮影技師が熱心にその大きな機械を回していた。彼はがっかりした様子を露わにした。ベルンスタン氏は微笑み、シュヴァッシュ氏は会釈し、モーリス・ドネー氏は傘の陰に顔を隠した。雨はこれまでになく強く降りしきった。侮辱の応酬も洗い流すことだろう。

出典Crédit:©BNF-Gallica #618790 « Le Petit journal » No.17107, le 28 Oct. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
決闘は表面上は禁じられていたのにもかかわらず、軍人や文筆家などの間では結構頻繁に行なわれた。
映画産業は急速に拡大発展し、人々に話題性の強い出来事をニュース映画のように見せることが次第に多くなったことがわかる。
f0028703_21541457.jpgアンリ・ベルンスタン(Henri Bernstein, 1876-1953)はこれまでも「突風」や「鈎爪」など刺激的な劇作で注目を集めていた。
フランシス・シュヴァッシュ(Francis Chevassu, 1861-1918)は評論家としての著作が多いが、反ドレフュス派の保守的な人脈とのつながりが深く、1904年の『顔』(Visages)というルポルタージュ本には、フランソワ・コペ、ジュール・ルメートル、デルーレード、アンリ・ロシュフォールなどの人物を取り上げている。(BNF-Gallica #619734 で電子図書として読める)(→)

**これまでの関連記事france100.exblog:「鈎爪」の上演(1906.04)
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by utsushihara | 2009-10-27 21:52 | 文芸、評論1909-10