フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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オペラ座歌姫サマラの交通事故

1909年10月2日(土)f0028703_1713371.jpg

オペラ座の魅力的なメゾ=ソプラノ歌手クロティルド・サマラ女史は、昨冬マスネの『タイス』を歌って好評を得たことで知られるが、10月2日、自動車でブローニュの森を走っている際に事故に遭遇した。ちょうどバガテル庭園の近くで疾走してきた対向車を避けようとして運転手のマルシャン氏が急ハンドルを切ったため、車が道端の木にぶつかってしまったのである。
衝突の衝撃はかなり強烈で、車の窓ガラスが粉々になった。運転手は車の外に投げ出され、右肘を骨折した。サマラ女史は車の仕切り板に強く身体を打ちつけて、頭部に傷を負い、身体中のあちこちを打撲して意識を失った。
かけつけた人々はすぐさま彼女らを救い出し、応急処置を施した。彼女は幸いにも意識を取り戻し、パリ20区ピレネー街の自宅に搬送され、安静にしている。彼女のそばには夫君と医師が付きっきりで看病しているという。
サマラ女史の怪我の容態は関係者に懸念を抱かせないわけではなく、彼女は頭の傷のひどい痛みと気分の悪さを訴えている。医師は事故の影響について2~3日間様子を見るしかないとして、節食と絶対安静を勧告している。
サマラ女史は今年の夏はオステンドとエクス=レ=バンでやはり『タイス』を歌い続けていた。この事故のあった日には、ロシアのサン=ペテルスブルクの帝立劇場との契約成立の知らせを電報で受けたばかりであった。

出典Crédit:©BNF-Gallica #618766 « Le Petit journal » No.17083, le 4 Oct. 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #288601 « Le Figaro » le 4 Oct. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
クロティルド・サマラ(Clotilde Samara, 18xx-19xx)についてはあまり詳しい情報は得られていない。1903年頃ニースの歌劇場での出演のあと、オペラ座へのデビュは1908年7月の『ユグノー教徒』のお小姓ユルバン役であり、同年8月には『ウィリアム・テル』に出て、テルの息子ジェミー役で好評を博している。この時の交通事故の後遺症であまり華々しい活躍はできず、霞んで消えて行った人かもしれない。たった一度の事故で後の人生がまったく変わってしまったとすれば、口惜しいかぎりだっただろう。

**これまでの関連記事france100.exblog:ロシアの美人ソプラノ歌手の交通事故 (1909.09.03)
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by utsushihara | 2009-10-02 17:00 | オペラ、音楽、演劇1909-10