フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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バロン=ダルザスの頂上にジャンヌ・ダルク像

1909年9月19日(日)

9月19日午後2時、バロン=ダルザスの頂上、標高1214mのジュマントリー(Jumentrie)展望台にジャンヌ・ダルク像の落成式が行なわれる。ジャンヌ・ダルクの騎馬像は麓から頂上まで、頑健で献身的な人々の腕と牛たちの力強い牽引という長く骨の折れる努力によって運び上げられたばかりである。
f0028703_21245974.jpg像が置かれる台座は切り立った岩石を積み上げて固められたもので、聖女は足下に麗しいロレーヌの平原が波うって広がるのを見下ろしている。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.59; Déc. 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #618751 « Le Petit journal » No.17068, le 19 Sep. 1909
画像 Crédit photographique:©BNF-Gallica #405977 « La Revue hebdomadaire et son supplément illustré » No.41; 9 Oct. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
この地点は現在でもフランシュ=コンテとアルザス、ロレーヌの境界が接するところで、上記の記事では「独仏国境から250歩のところに」と述べている。普仏戦争以後、第一次大戦が終わるまではアルザスとロレーヌがドイツ領だったことから、こうした《失われた国土の回復》を願う国民感情は強かった。

「バロン=ダルザス」(Ballon d’Alsace)の地名はドイツ語では「エルゼッサー・ベルヒェン」(Elsässer Belchen)と呼ばれる。バロン(Ballon)はヴォージュ山脈(Vosges)の峯の名称としていくつか使われているが、もともとは「ベルヒェン」からBelchen → Bel → Ball → Ballon「バロン」に変容したという説がある。

*参考サイト:(仏語)Wikimedia commons; Category: Ballon d'Alsace
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by utsushihara | 2009-09-21 21:25 | フランス社会政経1909-10