フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


by utsushihara

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劇作家ルニャールの没後200年祭

1909年9月5日(日)f0028703_23101089.jpg

17世紀末の劇作家で詩人のジャン=フランソワ・ルニャールの傑作とされた『賭博者』(Joeur)、『狂おしき恋』(Folies amoureuses)、『包括相続人』(Légataire universel)などを含めた作品は、フランス演劇のレパートリーとして今でも残されている。
彼は1709年9月5日にドゥールダンのグリヨン城内で消化不良で死去したが、今ではその業績が不思議にも忘れ去られ、2世紀にもわたってまだ記念碑の一つさえも建てられることはなかった。ドゥールダンの人々も彼の作品は別としても愛好者のために記憶を思い起こすことはなかったのである。19世紀中頃彼の所有していたグリヨン城は、財務官のルブランの死後、染物工場に改装され、その後完全に取り壊され、今では礎石だけが残っている。
ルニャールは1699年にグリヨン城を領有し、この地では名士であった。彼の作品のほとんどがドゥールダンとグリヨンで書かれたことになる。研究家のギュヨ氏によって、コメディ・フランセーズ座に残されていた彫刻家フークー作の見事な胸像を複製し、没後200年にあたる9月5日にドゥールダンに銅製の記念碑の除幕式を行なうことになった。
f0028703_23105078.jpgこの式典は、セーヌ=エ=オワズ県知事のオートラン氏、上院議員のクールセル男爵が主宰し、コメディ・フランセーズ座の支配人クラルティ氏が祝辞を述べた。式典に先立って祝宴会が催され、夜にはコメディ・フランセーズ座による『狂おしき恋』の出張公演が行なわれ、またギュヨ氏によってルニャール頌詩が詠まれるという内容の豊富な行事となった。

出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #5526296 « Touche à tout » No.10; Oct. 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #618722 « Le Petit journal » No.17039, le 21 Août, 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #5526296 « Journal du Dimanche » No.42; le 5 Sep. 1909

[ Ψ 蛇足 ]
ドゥールダン(Dourdan)の町は、パリから南西の聖地シャルトルへの中間地点にある。昔から城砦が築かれ、ランブィエ共々王族の所領となっており、交通の要衝であった。
彫刻家ジャン=ジョゼフ・フークー(Jean-Joseph Foucou, 1737-1821)は18世紀の類型的な装飾彫像や貴族の胸像しか作っていない。f0028703_23111865.jpg

ジャン=フランソワ・ルニャール(Jean-François Regnard, 1655-1709)は18世紀から19世紀にかけてはモリエール以後の最高の喜劇作者と見なされていた。ヴォルテールにしても「ルニャールを気に入らない人は、モリエールの真の賞賛者とは言えない。」(Qui ne se plaît pas avec Regnard, n’est pas digne d’admirer Molière.)とまで語っている。
日本にほとんど翻訳や紹介がなされなかったのは不運としか言いようがない。

*参考サイト:Wikipedia(仏語)Jean-François Regnard
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by utsushihara | 2009-09-04 23:07 | 文芸、評論1909-10