フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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パリ一周長距離走大会(1909)

1909年9月5日(日)

f0028703_10275245.jpg好天に恵まれた9月5日の日曜日、パリ旧市街を囲んでいた城郭に沿った内周道路全長38kmを2時間35分40秒で走りぬいたのはヴィクトール・スヌーク(Victor Snouck)(←)であった。出走時は250人の参加者があり、途中で100人が離脱し、最後まで走ったのは150人だった。最も惜しまれたのは昨年のレースで2位だったルイ・オルフェ(Louis Orphée)の脱落である。(昨年の優勝者エドゥアール・シボは出場しなかった。)2位はラブリ、3位はヴローだった。
スヌークは大レースでの勝利は初めてで、これまで多くのレースに参加したが常に2位以下に甘んじてきた。パリ・スポーティング・クラブ所属で、小柄ながらエネルギッシュで積極的な走者である。昨年ロンドンでのプロ選手による42kmのマラソン競走においても6位に終わっていた。今回の優勝で彼は賞金400フランを受け取った。

出典Crédit:©BNF-Gallica #618706 « Le Petit journal » No.17023, le 5 Août, 1909
出典Crédit:©BNF-Gallica #102985 « Je sais tout » No.57; Oct. 1909
出典 Crédit:©BNF-Gallica #5526296 « Touche à tout » No.10; Oct. 1909

f0028703_1028125.jpg
[ Ψ 蛇足 ]
パリ一周長距離走大会(Le tour de Paris pédestre)は、レース距離が42kmではないので正式には「マラソン大会」とは称しなかったようだ。
パリ旧市街一周38kmはよく東京の山手線に例えられる。この時のレースは発着地点となったエッフェル搭近くのシュフラン通り(Avenue de Suffren)からセーヌ川沿いにグルネル河岸~ジャヴェル河岸と南下し、「ペリフェリック」(Boulevard périphérique)と総称される周回道路に入ったと記されている。
パリ旧市街を防衛するために築かれた城郭(fortification)は、1870年の普仏戦争から翌年のパリ・コミューンの攻囲戦まで実際にその役割を果たしていた。(↑)上掲は19世紀末のパリ16区とブローニュの森の境目にあったドーフィヌ旧市門(Porte Dauphine)付近の地図である。図中①などにはっきりと城郭が残っている。周回道路はその下の、両側に並木の点々が付いた道で、従って城郭の「外周」ではなく「内周」だったことがわかる。城郭は第一次大戦後の1919年にほとんどが取り壊される。空堀状だった城郭の外側は、現代ではそのまま半地下構造の「外周」高速道路として生まれ変わっている。

画像 Crédit d’image : « Le Nouveau Paris, Histoire de ses 20 arrondissements en 1860 » par Emile de Labédouillère & Gustave Doré; Cartes topographiques de Desbuissons; ©SACELP-PARIS, 1986

**これまでの関連記事france100.exblog:ツール・ド・パリ中距離マラソン・レース
http://france100.exblog.jp/9174423
(1908.08.02)
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by utsushihara | 2009-09-06 10:26 | スポーツ、乗物、探検1909-10