フランス国立図書館(BNF)のデジタル書庫"Gallica"で見つけた百年前の月刊誌「ジュセトゥ」(Je sais tout=私はすべてを知る、という意味)や新聞「フィガロ」(Figaro)等から記事や画像を紹介。(現在1910年で進行中)


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オペラ座の支配人メサジェの辞任

1908年12月6日(土)

オペラ座支配人のアンドレ・メサジェ氏の辞任のニュースは、パリ市民にとって「青天の霹靂」のように鳴り響いたと言うしかない。この数週間のあいだ、オペラ座に出入りする人々は二人の支配人の不協和音を見過ごせない気配が感じられた。もちろんメサジェ氏とブルッサン氏の親密な関係はいささかも変わることはないが、メサジェ氏は「芸術的かつ経営的」観点からブルッサン氏との共同体制から身を引くことを決断したという。
今週の半ば頃、メサジェ氏は、芸術文化次官のデュジャルダン=ボーメツ氏と、文部教育大臣のドゥメルグ氏のもとを相次いで訪れ、オペラ座の共同経営者を辞任したい旨を伝えた。しかし両氏とも困惑を隠せず、メサジェ氏に対して思い留まるよう説得し、特にドゥメルグ氏は2日間の猶予でよく考え直すように主張した。
大臣の要請に従い、メサジェ氏は48時間過ぎるのを待ち、4日金曜日に正式な辞任願を書き送ったのである。
彼は政府の認可が出るまでは任務を続けることを言い添えているが、オペラ座の支配人は一人で十分であると大臣が判断するまでの便宜的措置だとしている。
またこれと同時にメサジェ氏は、自分の決断を共同支配人であるブルッサン氏に伝えたが、彼は大いに驚き、途方にくれた表情で辞任を撤回するように熱心に主張した。
ドゥメルグ氏はメサジェ氏の書状を受け取ったが、現在のところまだ何の返事もしていない。

f0028703_17202479.jpg出典 Crédit:©BNF-Gallica #288297 « Le Figaro » le 7 Déc. 1908
出典 Crédit:©BNF-Gallica #618465 « Le Petit journal » le 7 Déc. 1908
画像 Crédit photographique:©Photo RMN (Musée d'Orsay) / Gérard Blot / Cote cliché :00-010775 / Titre : André Messager (1853-1929), compositeur et chef d'orchestre français/ Description : Album de 500 célébrités contemporaines - collection Félix Potin/ Auteur :Boyer Jacques (actif vers 1900)/Localisation : Paris, Musée d'Orsay

[ Ψ 蛇足 ]
作曲家であり指揮者でもあるアンドレ・メサジェ(André Messager, 1853-1929)がブルッサンとともにオペラ座の支配人の座に就いたのは約1年前の1908年1月のことであった。運営が2頭体制であったことは、多忙なメサジェの立場を考えてのことでもあっただろうとも推測できるが、逆に運営の決定権や主導権があいまいになったことが1年足らずのうちに「やりにくさ」を助長させたのかも知れない。
「青天の霹靂」は、フランス語では「穏空の雷鳴」(=un coup de tonnerre dans un ciel serein)と表現される。ほとんど同義である。

**これまでの関連記事france100.exblog:
(1)次期オペラ座支配人にアンドレ・メサジェ(1907.01.23)
(2)オペラ座支配人の交代 (1907.12.31)
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by utsushihara | 2008-12-06 17:14 | オペラ、音楽、演劇1907-08